16)再度詰問されるロバート
目を覚まし、最初に目に入ったローズに、ロバートは微笑んだ。
「さて、ロバート、お前は何を企んでいる」
途端に耳に飛び込んできたアルフレッドの質問に、ロバートは、思わず顔を手で覆ってしまった。身を起こそうにも、膝枕をしてくれているローズが肩に手を添えているせいで、起き上がることが出来ない。
「御前会議で、拉致を防げなかった王都の治安の改善を話し合うという予定だったね。警備隊を再教育し、再訓練し、犯罪者との癒着を断つ。城門の警備も改善せねばならない。ここまではよいね」
アルフレッドの言葉に、手で顔を覆ったままロバートは頷いた。
「お前は、アスティングス家が、アレキサンダーやお前にグレースの拉致の責任を負わせようとしていると考えた。ウィリアムとウィルヘルムの二人が、使用人に暴行していることを知っていたため、アレキサンダーへ危害を加えるのではと懸念していた。お前はアレキサンダーを庇った。ここまではよいね」
ロバートが頷く。
「そこで質問だ。アスティングス家が責任を転嫁してしようとしている証拠が手に入ったと、お前は言ったそうだが、その意図は何だ」
ロバートは、何も言わない。
「拉致事件を計画した貴族の摘発を狙っていることも、わかっているのだがね。お前が何を企んでいるのかわからない」
ロバートが打ち明けたかった相手はレオンとアーライル侯爵とバーセア伯爵だった。アルフレッドとアレキサンダーを些末なことで煩わせたく無かったのだが、仕方ない。
ロバートは、ゆっくりと顔から手を外した。
「バーセア伯爵様、架空の話ですが、ご意見をいただけますか」
「私の率直な意見であれば、申し上げましょう。ロバート様」
バーセア伯爵は、ソフィアの乳母であるブレンダ・バーセアの父親だ。当然のように、バーセア伯爵は、ロバートに敬称をつける。ロバートとバーセア伯爵との会話は、互いが貴族のようだ。
口承のみで遺されているバーセア家の由来を考慮すれば当然だ。ロバートは、面倒事を放棄することにした。ブレンダ・バーセアの父親だ。敬称に関してロバート相手に譲ることはないだろう。逆に、国王への即位がこれからであるアレキサンダーの前で、バーセア家の由来について語られては面倒だ。
「ご子息が、意図せず物を壊したとしましょう。その時に、ご子息の使用人が、自分がやったと申し出てきた場合はどうされますか」
ロバートの質問に、全員が顔をしかめた。近年、貴族の間で増えているくだらない風潮だ。使用人が、子息達を庇うことが美徳とされている。人が幼い頃に、他人に罪を擦り付けることを覚えてよいわけがない。
「本当に物を壊した者を叱ります。意図せずとはいえ、破壊したのですから。あとは、かばった使用人には、そういうことをしてはいけないと諭します。無論、そうするようにと言った者も含めて、駄目なものは駄目だと、きちんとわからせるでしょう」
バーセア伯爵の返答にロバートは頷いた。
「アーライル侯爵様は、どのようにお考えでしょうか」
「バーセア伯爵と、同じくです。まぁ、きちんと自ら申し出た場合は、駄目なものは駄目と叱り、自ら申し出たことを褒めますね」
アーライル侯爵の隣にはレオンが座っている。レオンも相当に居心地が悪いだろう。事実、アレキサンダーも幼い頃のことを思い出し、少々居心地が悪かった。同い年のはずのロバートは、アレキサンダーにとって、極めて厳しい教育係だった。
「アスティングス家には、そのような道理が、ないようなのです。それ故、アスティングス侯爵家当主フィリップ様も、ご子息を咎めることもない」
「では、お前は、アスティングス侯爵の息子たちの蛮行を、お前自身を証拠に白日のもとに晒すつもりだったのか」
ロバートの言葉を遮った、アルフレッドの言葉には静かな怒りがあった。
「そんなことをして、お前は何を得るつもりだった」
アレキサンダーの声も、自然と常より低くなった。
ロバートの視線が、アルフレッドとアレキサンダーの間を行き来した。
「お二人が、お若い頃に王太子宮に行儀見習いとしていらっしゃっていれば、このようなことも、必要なかったのですが」
今ひとつはっきりしない内容を、ロバートは口にしただけだった。
「で、何が目的だった」
アルフレッドは、ロバートの言い訳を無視した。
「アスティングス侯爵家の方々に、自分たちの行動は問題だと知っていただきたかったのです。特に今回は、アーライル侯爵様だけでなく、バーセア伯爵様もいらっしゃる。私の進言など、気に留めないアスティングス侯爵も、武を束ねるお二方のご意見であれば、耳に入れてくださると思いました」
顕になっているロバートの首には、はっきりと痣が見えていた。
「そのために、この怪我か。なぜ、そこまで」
「ここまでの怪我は想定外です。グレース様のご実家です。今のアスティングス侯爵家では、アレキサンダー様の治世に影を落とすことになるでしょう。とはいえ、他家のご令息方を私が躾け直すことも出来ません」
「お前は」
アレキサンダーは、ロバートに文句を言おうとしたが、言葉が続かなくなった。
いつの間にか、ロバートの頭を撫でていたはずのローズの手が止まっていた。ロバートが手を伸ばし、ローズの目に浮かぶ涙を拭こうとしていた。
ロバートとローズの親しげな様子に、厳しい顔をしていたアルフレッドの表情が緩む。
どれだけ心配させたら気が済むのだと、怒鳴りつけようとしていたアレキサンダーの怒りも消えていった。
グレースの兄二人を躾け直すため、正確にはアスティングス侯爵家当主フィリップに、躾け直させるために、ロバートは、なんという遠回りな方法を取ろうとしたのだろう。ロバートの回りくどいお膳立てがあっても、アスティグス侯爵が、アーライル侯爵やバーセア伯爵の言葉に耳を傾ける保証はない。
アレキサンダーは、呆れるしか無かった。そもそも、アスティングス家など、グレースの実家でなければ、没落しようがなにだろうが、構わないはずだ。
いつぞやのエドガーの軽口を思い出した。
「王家の揺り籠って聞こえは良いですけど、ようは、先祖代々王家の子守ってことですよね」
その軽口には、ロバートが珍しく声を上げて笑ったから覚えている。
「ロバート、お前は無関係な家の愚息二人の子守にまで、手を伸ばしてどうする」
呆れたアルフレッドの言葉に、全員が頷いた。
「グレース様の御実家です。ウィリアム様とウィルヘルム様も、能力はおありです。使用人へ過度の折檻をし、民の命を軽んじるようなお二人のままでは、いずれアレキサンダー様の御治世の陰りとなり」
「あの二人が心を入れ替えれば、私の側近になると言いたいのだろうが、だからといって、お前がここまでの怪我を負う必要があったか」
アレキサンダーはロバートの言葉を遮った。
「御前会議に出席が危ぶまれるほどの傷では、本末転倒ではありませんか」
レオンは、呆れていることを、隠そうともしなかった。ロバートは、レオンの言葉に頷いたローズの手に、指を絡めた。
「出席はします」
ロバートは、ローズの手を握ったまま、淡々と答えた。
「王都の警備強化は必要です。警備の強化、治安機構の改善についてなどの議題が決定した後、ご助力をお願いしたいのです」
ロバートの言葉に、レオンとバーセア伯爵が身を乗り出した。




