15)話し合い2
ローズの言葉に、続いたのはレオンだった。
「私は、数日前に合流したときから、王都の治安という問題が、今回の拉致事件で貴族にも身近になったはずだから、それを利用して、王都の治安を改善するというアレキサンダー様の計画に協力して欲しいというお話をいただいています」
「そのために、アーライル家として、警備隊の再教育、せめて警備隊の責任者達に、遵法精神を叩き込んで欲しいと依頼をうけています。場所によっては、犯罪者と癒着しているとか」
アーライル侯爵の言葉に、ローズが頷いた。
「そうなのですか」
またバーセア伯爵が驚いていた。
「えぇ、地区によっては、町の者は、泣き寝入りするしかありません。下手に訴え出たら、口封じに殺されます。例えば、グレース孤児院のある地区の警備隊は、色町で、許可されていない年齢の子供の売春を見逃して、見返りを得ていました」
「はぁ」
「摘発されたのは、アレキサンダー様です」
ローズの説明に、アレキサンダーは不足している情報を補うことにした。
「その話を私に持ってきたのは、グレース孤児院の孤児たちだ。ローズが横領を突き止めた方法を応用して、子供と娼婦で調べ上げてきていた」
「ほぉ」
先程から、バーセア伯爵は目を丸くして驚いてばかりだ。
「それが先程の話に繋がる。グレースの一行が襲われたのは、アスティングス家の担当する地区だ。王都の警備に関しては、アスティングス家では、子息達の仕事だ。だが、全く熱心ではない。当代当主が、その任にあった頃は、当時の当主、つまり先代が熱心だったため、それなりの予算もあり、使命感もあったと警備隊の古株達の報告、というより愚痴だ」
アレキサンダーは、忘れられない事件のことも、口にした。
「当代のアスティングス侯爵は、グレースが私と婚約する前に、往来には注意するようにという私の警告を、己の騎士団には伝えなかった。幸いグレースは無事だったが、アスティングス家の副騎士団長と騎士の相当数が死んだ」
「サラさんの」
「えぇ。ミリアさんの御父様、ロイさんの剣の前の主です」
ローズの小さな声に、アレクサンドラが答えてやっていた。
「その時は、アスティングス家からこちらには抗議も何もなかった。私の忠告を無視した手前、ばつが悪かったのかもしれない。当時は、私にも、そこまで考える余裕などなかった」
自分たちに降りかかる火の粉を払うだけで、手一杯だったのだ。
「今回の件を、完全にこちらの非だということに、アスティングス侯爵、ウィルフレッドとウィルヘルムはしたいのだろう。ローズの救出に、人も金も一切出していない。バーセア伯爵のように、遠方でありながら人員を派遣してくださった方もおられたというのに、自分たちは無関係だと言わんばかりだ。挙げ句に、ロバートに怪我を負わせた。手を出すなと言われていたとはいえ、私は止められなかった」
アレキサンダーは歯噛みした。あの時、義兄達の暴行を止めることが出来なかった自分が、情けなかった。
ティズエリー伯爵は、ローズの助言で、領地の収入が改善した。金はないが馬は持っていると言って、馬を連れてきた。グレースの催した茶会で、幼い娘や息子がローズの世話になったからと、協力を申し出る貴族もいた。他にも、ローズとの関係の有無にかかわらず、ご機嫌伺いの意味もあるのだろうが、人や金を提供してきた貴族はそれなりにいた。いつか、自らの領地に、聖女ローズとして慰問に来て欲しいという貴族もいた。アレキサンダーが思っていたよりも、ローズに好感を持つ貴族は多くいた。
「グレースの訪問の日や、予定の行程は、王太子宮からアスティングス家へは伝えた。他へは一切漏らしていない。どう考えてもアスティングス家から、情報が漏れている。それを隠匿したいのかもしれない」
「ロバートは、アスティングス家が責任転嫁をしようとしている証拠が手に入ったと言っていました」
ローズの言葉に、部屋にいた全員が、考えこんだ。
「グレースが襲撃された地点は、アスティングス家が治安を担う地区だ。アスティングス家にはそれなりに責任がある」
「アスティングス家の誰から、どこの誰に情報がもれたのかということは、本来追求すべきことです」
「アスティングス侯爵が、アレキサンダー様に抗議したいのであれば、書状なり何なり正規の手続きで十分でしょう。口頭でもいい。暴行を加える必要などない」
「ロバートは、侯爵家の子息達が、使用人へ悪質な暴行を加えていることを知っていた。使用人へ暴行するような者は、この国の民を愛し導くことなど期待できない。だからあの二人は最初から、アレキサンダー、お前の側近候補からは外れていた」
「前々からロバートは、私の側近が不足していることを気にしていましたね。人がたりないと、口癖のように言っています」
「本来、グレースの兄でも有るアスティングス家の二人は側近となってもおかしくない。過度の選民意識を持つ者が、民を率いることなどできないから、外した。実際、今回の件でも明らかだ。自分達の責任を、他者に押し付け、暴力沙汰で解決しようとしている。人の上に立つに値しない」
各自が、思い思いの意見を口にした。
「私から、一つよろしいでしょうか」
それまで黙っていたローズが、口を開いた。
「問題点はいくつかありますね。打ち合わせが済んでいた内容から順にお話ししますと、一つは王都の治安の改善です。現状、一部の警備隊が犯罪組織との癒着もあります。もう一つは、今回の拉致事件の責任問題です。アスティングス侯爵様は、アレキサンダー様とロバートの責任になさりたいのでしょう。ただ、アスティングス侯爵様の責任とするのも、違うのではないでしょうか。私が攫われた地点から、城門までの間の警備隊、城門の門番達も関係しています。そもそも事件に関して罰をうけるべきなのは、私の拉致を奴隷商人に命じた貴族です」
一つ一つ数え上げながら、ローズが発する言葉に、全員が耳を傾けていた。
「他には、アスティングス侯爵のご子息であるウィリアム様、ウィルヘルム様の横暴、アスティングス侯爵様が、お二人の横暴を黙認しておられることでしょうか。ウィリアム様とウィルヘルム様お二人の問題というより、お父上であるアスティングス侯爵様がお二人を、どのように導いておられるのか、が気になりますけれど」
アルフレッドが、満足したように大きく頷いた。
ローズは、幼い頃から執務室で過ごしている。議論が白熱した時などに、鋭い意見を言うことも多い。アレキサンダーは、ローズに教育を受けさせた。上手く育てば、良い側近になると思ってのことだ。ローズは狙い通りか、それ以上に育ってくれた。
「王都の治安改善は当然だ。拉致の責任は当然、事件を起こした犯罪者にある。防げなかったという意味では、責任を追求しただけでは、事態は改善しない。改善を促すべきだ」
アレキサンダーの言葉に、全員が頷いた。
「ここまではいいのだが。ここに、アスティングス家の問題が絡んでくるから、先程のように、とりとめもない話になったのだろうな」
アルフレッドの眉間の皺が深くなった。
「アスティングス侯爵家のウィリアム、ウィルヘルムは、担当している地区の警備に熱心ではなく、父親の当主フィリップもそれを黙認している。機密とすべき情報の管理も出来ていない。使用人への暴行も日常茶飯のようだが、それも咎めていない。今回、ロバートへの暴行は、その延長線だろう」
アルフレッドは腕を組んだ。
「ロバートは、アスティングス家が責任転嫁をしようとしている証拠が手に入ったと言ったのだな」
ローズの言葉をアレキサンダーは繰り返した。アレキサンダーの中で、何かが繋がろうとしていた。
「ロバートは、アスティングス侯爵とあの二人を相手に、何かを企んでいるな」
「おそらくは、そうだと思います」
ローズが頷いた。
「しばらくしたら、目を覚ますでしょうから、もう少しお時間をいただけますでしょうか」
ローズの言葉に、バーセア伯爵が頷いた。
「えぇ。もちろんですとも、ローズ様。なんともご立派な奥方様でいらっしゃる。ロバート様は、果報者ですな」
「奥方様では、まだ、あの、婚約中の身です。ですが、ありがとうございます」
バーセア伯爵の言葉に、ローズは、小さな声でなんとか答えたものの、恥ずかしいのか、アレクサンドラに抱きついてしまった。
茶を飲んだあと、ローズは、ロバートの様子を見に行くといって、部屋から出ていった。
「ローズ、旦那が起きたら教えてあげるから。少し休みなさいよ」
「一緒のほうが、安心だから」
扉が閉まる直前、聞こえてきた侍女とローズの会話に、部屋に残っていた面々は、顔を見合わせた。
「旦那と聞こえましたが」
「まだ若い侍女だ。少々奔放で、時にああいう言葉遣いになる」
アルフレッドは苦笑した。ロバートは、侍女たちを相手に、結婚していないのだから、ローズの旦那と呼ぶのは止めなさいと、叱っていた。赤面しながらのお小言は、全く効果がなさそうだった。
「お二人の結婚は?」
「次の春です。マグノリアが咲く頃の予定です」
アレキサンダーの言葉に、バーセア伯爵は微笑んだ。
「既に立派にご夫婦ですな」
アルフレッドは微笑んだ。




