14)話し合い1
ロバートの手当を終えたハロルドの報告は、一同が想像していたよりも深刻なものだった。
「鞭で打たれた傷のうちの数カ所が、異様に深い。刃が刺さったようになっています。鞭に何か細工がしてあったのでしょう。深い傷が化膿しているため、治りが遅れています。あと数日で、動けるようなものではありません」
ハロルドが、御前会議の日程を遅らせろと言いたいのはわかる。だが、使用人の怪我での日程変更など先例がない。事態の報告など、代理の者が行えば良い。事実、そのためにエリックは王都に残っている。
一方で、ロバートは、王太子宮の実務の責任者だ。欠席など出来ない。欠席など、本人も本意ではないだろう。ロバートが口にしたとおり、ロバートが不在となれば、アスティングス侯爵以外にも、これ幸いとロバートに責任を押し付ける輩がいても不思議ではない。
「どうしてもロバートの出席が必要とお考えでしたら、今暫くは、出来るだけ休ませてやってください。傷の手当は負担になります。疲労困憊している時に、この人数で押しかけられては、ロバートの負担が増すだけです」
ハロルドの言葉には、誰も反対できなかった。
「何を企んでいるか、吐かせるところではなくなったか。各自、何をどこまで把握している」
アルフレッドの言葉に、レオンが続けた。
「私は、王都の治安のため、区毎の警備体制の見直し、警備隊の練度を上げるための訓練、警備隊への法律の再教育などを、アレキサンダー様が考えておられるので、それを後押しするようにとロバート様からご連絡をいただいておりました」
「治安の改善には、民を教育し、ライティーザの法令を周知させる必要もある。読み書き計算が出来る者が増えれば、知らずに法を犯す者も減るだろう。理不尽な行いが違法だと訴え出ることが出来る者も増えるはずだ」
アレキサンダーは、かつて自分が心底驚いたことを口にした。
「ローズは、人買いが違法だとは知らなかった。時折町にやってくる、怖い大人達だったそうだ」
アレキサンダーは、あまり驚いていないバーセア伯爵に事情を説明してやることにした。
「ローズは、世間でも知られているとおりグレース孤児院で育った。シスターたちが気づいていなかった孤児院の金の横領に気づき、孤児同士で協力し、主犯を突き止め、証拠の品の在り処を特定し、グレースに訴え出てきた。王太子宮に来る前だ。十歳にも満たないころだ」
ようやく驚いたバーセア伯爵を、アレキサンダーはもう少し驚かせてみることにした。
「イサカの町の疫病のことで、王太子宮に乗り込んできて、私を怒鳴りつけたのが十二歳頃のときだ。推定だが、今で十六、次の春で十七だ」
王太子宮に来た頃の、色々と周囲を驚かせたローズの行動は、今だから笑い話だ。当時、アルフレッドから、ローズを保護しろと命じられていた。それでも、庭で怒鳴り合いになったあの朝、ロバートが止めなければ、アレキサンダーはローズを王太子宮から追い出していただろう。事実、ローズは王太子宮から出ていくつもりだったのだ。
「随分と、お若く見える方だと思っておりましたが、本当にお若いのですな」
バーセア伯爵の返事は、アレキサンダーには物足りないものだった。
「私を怒鳴りつけたという話では、驚かないのか」
「御冗談でしょう」
「本当だ」
バーセア伯爵が唖然とし、扉を叩く音がした。
「ローズです」
「アレクサンドラです」
「入れ」
ちょうど良く、アレクサンドラに伴われ、ローズが入ってきた。
「ローズ様。先程、アレキサンダー様からお伺いしたのですが、以前、アレキサンダー様を怒鳴りつけられたというのは、本当ですか」
バーセア伯爵の質問にローズが目を丸くした。
「王太子宮に来た頃の話だ」
アレキサンダーの言葉に、ローズが両手で顔を覆ってしまった。
「アレキサンダー様、もう随分と昔の、ここに来たばかりのころの話では有りませんか」
子供の頃の無謀な自分を恥ずかしがるなど、ローズも大人になったなと、アレキサンダーは感慨深く思った。隣にいる父アルフレッドも、穏やかな顔でローズを見つめている。
「本当なのですか」
バーセア伯爵の言葉に、ローズが頷いた。
「普通にお話ししても、聞いていただけないと思いましたから。印象に残るにはどうしたらいいのだろうと思って、今から思えば、子供の浅知恵で恥ずかしいことです。ロバートにも、たくさん叱られてしまいました」
ローズは恥ずかしそうに微笑んだ。ロバートのことを口にした時、ローズのすぐ後ろに立つアレクサンドラが、妙に勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。ローズは自覚なく、諫言を口にするが、どうやら惚気も自覚なく口にするらしい。
「いやはや。では、孤児院の横領を暴いたというのは」
「子供なりに必死だったのです。自分達の食べ物を誰かが横取りしているから、取り返そうと、他の子達を焚き付けて。シスター長様に言えば良かったのでしょうけれど、そんなことも思いつかないくらい、子供でした」
手柄を手柄と思っていない、ローズの少々頓珍漢なところは、何歳になっても変わらないらしい。
「人買いが違法とご存じなかったそうですが」
「えぇ。口減らしを兼ねて、貧しい家庭では、子供を人買いに売ることがあります。収入にもなります。もしかしたら良い人に買われたら、食べていけるかもしれないという、人買いの甘い言葉に、誘われる親もいたようです。孤児院にそういう子が逃げてきたこともありました」
「人買いは、追ってこなかったのですか」
「追ってきました。ですから、私達の中に紛れ込ませました。わからなかったようです。自分たちが追いかけてきた子供が、孤児院の庭の片隅で黙って地面に石で絵を描いている子供達の一人だとは、気づかずに出ていきました」
「ほぉ。それはどなたが考えたのですか」
「どうせ、大人は子供の区別などつかないから、下手に隠れないほうが良いと思っただけです」
「つまりあなたが」
「えぇ」
「何歳のときですか」
「覚えていませんわ。そもそも私の年齢は推定ですし。相手の子のほうが、覚えているでしょうけれど」
バーセア伯爵は、何かに納得したように大きく頷いた。大方、ロバートの嫁にふさわしいとかなんとか思っているのだろう。初めて聞く話を、アレキサンダーも感心しながら聞いていた。
「ロバートは、また眠っています。午後には目を覚ますと思います。ただ、体調が優れませんし、すぐ疲れますから、あまり長い込み入った話は辛いようです。よろしければ、皆様が、何故、ロバートが何かを企んでいると思われるのか、教えていただけますか。私が、ロバートから聞いていることもございます。手がかりになるかも知れません」
アルフレッドが大きく頷いた。大方、立派な嫁だとでも思っているのだろう。確かに、言葉足らずで、秘密主義のロバートと、ローズは良い組み合わせになりそうだとアレキサンダーも思った。




