8)ティモシーの見舞い
食事の匂いにロバートは目を開けた。また、眠っていたらしい。
ティモシーがいた。寝台の傍らに手際よく食事の用意を整えていく。
「厨房から食事をもらってきました。あと、ローズちゃんは、今は眠っているから、あとにしなさいと、ミリアさんからの伝言です」
酷いと思い、とても悲しくなり、ロバートは目を閉じた。あの柔らかい温もりを、抱きしめることが出来ない。一人で寝台に横たわっていると、身の内が空洞になったようだ。何かがとても辛くなってきた。
アスティングス家にいけば、ウィリアムとウィルヘルムに、危害を加えられる可能性があるとは思っていた。動けなくなることは想定外だったが、アレキサンダーに危害が及ばなかったので問題はない。
辛いのは、王太子宮に帰ってきた途端、ローズと会えなくなったことだ。不本意だ。不本意極まりない。傷の痛みと熱で、判断力が低下しているのか、妙に感情的になっている気もする。
「ロバートさん。食事をしましょう。少しでも体力をつけないと。御前会議は四日後ですよ」
ティモシーの言葉に、ロバートは驚いた。
「五日後だったはずですが」
「ロバートさんは、アスティングス家から戻られてから、丸一日眠っておられました。ですから、四日後です」
ティモシーに丸一日と言われて、ロバートは驚いた。
御前会議の用意は出来ている。問題は、ロバートの怪我の具合だ。丸一日寝るほどとは思っていなかった。
「しっかり召し上がって休んで下さい。ローズちゃんじゃなくて、すみません」
訳知り顔のティモシーに、ロバートは少々居心地の悪さを感じた。ローズと会えるのであれば良い。そう思う自分が少し面倒になってきた。
南では、差し押さえた屋敷の部屋数を理由に、ローズと同じ部屋で過ごし、夜は同じ寝台で、ローズと眠った。添い寝だ。やましいことはしていない。
柔らかい温かいあの体を抱きしめて眠りたい。だが、ロバートとローズそれぞれに部屋がある王太子宮では、同じ寝台で休む理由などない。
今晩から、別々だ。寂しい。いや、知らなかったとはいえ、前の晩からか。
「食事が終わられましたら、声をかけて下さい。ハロルドさんが、薬湯を用意しているそうですから、僕、それももらってきます」
ティモシーの声に、現実に引き戻された。食事をし、体を休め、傷を治さねばならない。
「わかりました」
ロバートは、ティモシーの手を借りゆっくりと体を起こした。背が焼け付くように痛む。傷が熱を持っていることがわかる。御前会議まであと四日で、どの程度動けるようになるだろうか。
「ローズはどこまで知っていますか」
四日後の御前会議よりも、今の問題はローズだ。怪我を見られてしまった。
「申し訳ありませんでした。詫びてすむことではありませんが、あの場にローズちゃんを連れて行ったのは私です。ローズちゃんは、王都に到着する数日前からあなたの様子がおかしかったと、心配していました」
ロバートは苦笑した。数日前から、ローズが甘えると思っていた。ローズなりに、なにか気付いていたのだろう。
「ローズちゃんのことですから。アレキサンダー様とロバートさんが、アスティングス家に謝罪に行かれたことは知っています。グレース様とサラさんとミリアさんの会話も聞いてしまったようです」
ティモシーが俯いた。
「ローズちゃんは、泣いていました。ウィリアム様もウィルヘルム様も、御前会議ではローズちゃんには優しかったですから」
「ティモシー、あなたが気に病むことではありません。ローズは敏い、遅かれ早かれ知るでしょう」
ティモシーが詫びる必要はない。ティモシーの責任ではないのだ。
アスティングス家の噂が、事実だったというだけだ。グレースは妹代わりといってローズを可愛がっている。ウィリアムとウィルヘルムは御前会議で、他の貴族子弟からの防波堤になってくれていた。時折発言し、愚鈍でもなかった。
噂どおりでなければ、アレキサンダーの側近に出来るのではと思った。
今のままでは無理だ。過度の選民意識は、国全体を俯瞰し統治するには妨げになる。民には民の生活がある。無下に踏みにじってよいものではない。
「ロバートさん、食事が冷めてしまいます」
ティモシーに促され、ロバートは食事に目を向けた。
「お食事の間に、ローズちゃんの様子を聞いてきます」
一礼するとティモシーは出ていった。いつの間にそういう気遣いを覚えたのだろうか。ティモシーの成長を感じた。
ロバートは、ティモシーが王太子宮に来てからのことしか記憶にない。カイラー伯爵家の子息だったときに、数回あったはずだが、ほとんど覚えていない。
ティモシーにとっての再会の時は、ロバートにとっては初見だった。
貴族に戻るつもりは無いというが、良い人材だ。貴族となれば、アレキサンダーを、ライティーザ王家を裏切らないだろう。
やらねばならないことは多い。それを実行するために、あまりに冗長な手順をこなさねばならないことを、ロバートは頭から追い出した。




