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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十五章 王都への帰還
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7)グレースの見舞い2

「ですが、アスティングス家は何もしておりません」

グレースが叫んだ。


「あの一帯の警備兵は、アスティングス家の指揮下です。ローズの救出にも、資金も人も出さなかった。ローズは私の身代わりになったというのに、何も。本当に何もしておりません。父は私がローズを妹代わりというならば、婚礼の衣装を用意しても良いなどと言ってくれました。それなのに、私のために命をかけたローズに、何もしてくださらなかった。私は父を信じることが出来ません」

グレースの目に、涙が光っていた。


「ご存知でしたか」

グレースが口にしたのは、全てグレースには伏せられていたはずの事実だ。グレースにとっては二度目の襲撃だ。一度目の襲撃のとき、サラの夫はグレースの目の前で息絶えた。二度目の今回は、グレースの目の前で、ローズは身代わりとなり連れ去られた。


 王都に一人残るグレースの心労を増やしたくないというアレキサンダーの意向で、アスティングス侯爵の不作為はグレースの目に触れないようにされていたはずだ。

「執務室に出入りする機会が多くありました。アレキサンダーが各地とやりとりした、書類を目にする機会もありました。嫌でも気づきます。アレキサンダーが戻ってくる前に、サンドラに手伝ってもらって、フレデリックを問い詰めて、確認しました」


 フレデリックには、災難だったというしかない。


 妻サンドラが、グレースの側にたったというならば、フレデリックが黙っていることは先ず無理だろう。叱責すべきだが、手加減してやる余地はある。


「アスティングス侯爵様と、この件でお話をされましたか」

「いいえ」

アスティングス侯爵が何を考えているのかは、ロバートにはわからない。

「いずれ、お話し合いの機会をもたれてはいかがでしょうか。侯爵様には侯爵様のご事情があったのかもしれません」 

「なぜ、貴方が父の肩をもつの」

グレースの言うとおりだとロバートは思った。だが、ロバートの知る限り、アスティングス侯爵は娘のグレースを可愛がっていたはずだ。


「それに、今、父にあったら、私、何を言うかわかりません」

ロバートもそれは困る。グレースが感情的になってしまっては、アスティングス侯爵との話し合いなど出来ない。アレキサンダーとグレースの婚姻は、新興貴族を王家に取り込むためのものでもあるのだ。


「今回の件が、もう少し落ち着いてから、侯爵様と御面会の機会を持たれてはいかがでしょうか」


 父親であるバーナードとロバートは、ほとんど口を利いたことすら無い。ロバートが親子の話し合いなど提案しても、説得力など全く無い。だが、ロバートは、グレースとアスティングス侯爵は、話し合ってほしいと思った。家族のいないローズが親子の情に憧れるのは知っていた。家族と縁遠いロバートも同じ憧憬を持つのだろう。

 

 今回、奴隷売買に関わっていたことが判明し取り潰しになった貴族は三家だ。そこから見つかった書類から、他にも、犯罪に手を貸している貴族がいることはわかっている。証拠が揃い次第、処罰の予定だ。それらが片付かなくては、貴族の当主達は、落ち着かないだろう。それから話し合っても遅くはない。


 ロバートの提案は、グレースの心には響かなかったらしい。

「長居しすぎました。あなたは怪我をしているというのに。私は部屋に帰ります」

なぜか、不機嫌になったグレースは、部屋を出ていってしまった。

「お見舞いいただきありがとうございました」


 あの場で、息子二人の暴行を平然と見ていたアスティングス家当主フィリップに、ロバートは良い感情など抱いていない。だがグレースにとっては父親だ。グレースとフィリップ、娘と父親の仲が良くあってほしいと思う。


 ロバートと父親であるバーナードとの関係は最初から破綻している。数えるほどしか、会ったことがない。良好な親子関係への憧れを、グレースに押し付けてしまったのかもしれない。

 

 ウィリアムとウィルヘルムの暴行は、予想していた。だが、(たが)が外れたような、ロバートが動けなくなるような暴行までは予想していなかった。


 そもそもフィリップは、グレースにねだられ、ローズの婚礼衣装を仕立ててくれていたはずだ。ウィリアムとウィルヘルムの二人は、御前会議で他の貴族の師弟達から、ローズを守ってくれていた。


 貴族ではないが、ロバートの一族は王家と同等の歴史を持つ古い家だ。新興貴族とは考え方も習慣も異なる。新興貴族達が、表向きは一族の唯一の生き残りであるロバートに、良い感情を持っていない事も知っている。


「面倒な」

始祖はただ、この国の民の平穏を願っただけだ。家族を愛しただけだ。貴族間の揉め事を避けるはずの選択だった。結局は、子孫のロバートが、貴族の憂さ晴らしの暴行をうけた。ロバートの先祖は、歴史上、今までも何人も殺されている。一族の本家は短命だ。


 ロバートは胸元のロケットを握った。ローズが十七歳となるまであと半年程度だ。本家は貴族ではないが、分家に貴族は多い。ローズが正式にロバートの妻となれば、ロバートの身に何かあっても、アーライル家やバーセア家のような有力貴族を含め、多くの貴族がローズを助けてくれるだろう。


 ローズの安全のために、御前会議への出席を辞めさせた。それにもかかわらず、ローズが、より危険な目に遭うなど思ってもいなかった。あと半年。生き延びねばならない。ローズを守らねばならない。


 新興貴族たちが、家名なしの一族本家当主が、聖女を娶ることを警戒しているという報告があった。一族にも聖女にも、権力など無い。何を警戒するというのだろうか。理解できない。


 何より、聖女であろうがなかろうが、ローズはローズだ。ロケットを開くと、今より少し幼い頃のローズが微笑んでいる。もっと小さい頃から、可愛がってきた。大切にしてきた。聖女であろうがなかろうが関係ない。

 

 始祖は権力など手放したのに、なぜ、権力を欲する者たちに、巻き込まれるのか。ロバートは目を閉じた。ローズに会いたかった。

 


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