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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十五章 王都への帰還
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6)グレースの見舞い1

 眠っていたロバートは、人の気配に目を覚ました。知った香水の香りに、起き上がろうとして、痛みに思わず呻いた。

「そのままで、構いません」

グレースだった。


「ローズが、部屋で泣いていたわ。今はミリアが一緒にいます」

「ローズが」

ローズの元に行かなければとおもうが、目の前にいるグレースをないがしろにすることも出来ない。背の傷のためだろう。ロバートは、うつ伏せに寝かされていた。相手が女性であっても、背を他人に見せるというのは居心地が悪い。


「お気遣いいただき、ありがとうございます」

ロバートは、グレースに礼を述べた。そのままでいいと言われたこと、ローズにミリアを付き添わせてくれていること、見舞いと、礼を言うべきことは多いが、一つ一つを口にする気力などなかった。ロバートには、グレースの意図もわからなかった。


 アスティングス家は、ライティーザ王国の歴史の中期に、ライティーザ王国の傘下に下った貴族だ。王国創世記を知らないため、新興貴族と言われるが、ライティーザ王国に併合されるまでは、一国を治めていた歴史のある一族だ。

 

 ライティーザ王国の創世記を知る古参貴族と、それ以降に傘下に下った新興貴族の間には深い溝がある。


 古参の男爵家の娘を母にもつアレキサンダーと、新興貴族の雄であるアスティングス侯爵令嬢グレースとの婚姻にはその溝を埋める意味もあった。


 アスティングス侯爵家の当主フィリップは、若い頃、横暴だという噂が耐えなかった。その息子である長男ウィリアム、次男ウィルヘルムには、貴族という権威を傘にきた振る舞いが目立つということはわかっていた。ウィリアムとウィルヘルムが、王家の外戚となることは、本来は避けたかった。


 それでも、グレースは王太子妃に選ばれた。


 アレキサンダーの結婚相手にグレースが選ばれた理由は一つではない。


 まず、アレキサンダーがグレースを気に入った。

グレース個人の人柄もある。王太子宮で何度か開かれた茶会で、気高く優しく、他人を()し様に(ののし)ったり、陥れようとすること無く振る舞う姿に、多くのものが好感を持った。


 王太子宮からの帰りに、グレースの一行が襲撃された際、少なくない人命が失われた。グレースが侯爵家の令嬢として、取り乱すこと無く振る舞ったことも評価された。

 

 王太子宮に嫁いできてからの数年、アレキサンダーとの距離は縮まらなかったが、その間も王家の慈善活動には熱心に取り組んでくれた。当時リゼだったローズが、訴えでたグレース孤児院の横領を暴くことができたのは、グレースのおかげだ。


 その時のことを頼りに、王太子宮にやってきたローズのおかげで、アレキサンダーとグレースは親しくなり、ソフィアが生まれた。アスティングス家の令嬢から、ライティーザ王国王太子妃へと、グレースは成長していった。


 その間、グレースの二人の兄達は、芳しくない噂のまま変わらなかった。それでも、グレースにとっては兄だ。大切な家族ではあるのだろう。

 

「兄達のことを、あなたは知っていたのでしょう。何故、行ったの。予想できたはずです」

グレースにとって、二人の兄は、どのような存在なのだろうか。同じ侯爵家でありながら、兄達とグレースは、なぜここまで違うのだろうか。


「グレース様、ソフィア様お二方の御身を危険に晒したのは事実です。御前会議よりも前に、アスティングス家にお詫びする必要がございました」

嘘ではない。無論、それだけでもない。


「お兄様達は、当主となるための教育係が付いていました。女の私はいずれ嫁ぐ身だから、当主となるための教育は必要ないと、サラに育てられました」

当主が、横暴であって良いはずがない。何を教えたと、教育係を問い詰めたいが、ロバートはそれが誰かも知らない。教育係でなく、乳母のサラに育てられたグレースの眼には涙がたまっていた。


「もとは、こんなことをする兄達ではありませんでした。子供の悪戯だったはずです。だんだんと、変わってしまったのです」

子供の悪戯である間に、きちんと躾をしなかったのだろう。その教育係を突き止めて、今後一切貴族の子女に関わらせないようにせねばならない。だが、今は、グレースを落ち着かせることが優先だった。


「グレース様。今回の件、そもそもは王太子妃であるグレース様の馬車が襲われたという問題があります。なぜ、グレース様御一行があの場を通るとわかっていたのか、近衛兵たちをはじめとした警備に問題はなかったのか。町の警備兵達では止められなかったのか、城壁の門を通り抜けることができたのはなぜか」

それだけを言うのに、ロバートは何度も言葉を区切る必要があった。浅い呼吸しかできない。声を出すことがこれほど、労力がいるとは思っていなかった。


「多くのものが、関わっているのです。私もその一人です。グレース様、王太子宮の警備は私の責任です。責任の一端はそもそも私にもあります。どうか、お気遣い下さいませんように」

グレースも被害者なのだ。ローズでなく、グレースが攫われていたら、さらに大事になっていた。


「兄達の横暴は許せません。でも、兄達が叱責されるのではと思うとそれも辛いのです。あのとき、私がもっとしっかりしていたらと、なにか違う事態を招くことができたのではないかと」

グレースの眼から涙がこぼれ落ちた。襲われ、攫われかけたグレースは被害者だ。そのグレースが、己を責め、悲しまねばならない事態に、ロバートは歯噛みした。


「グレース様。グレース様がお気に病まれることではありません。グレース様、ソフィア様はご無事でした。ローズは孤児にもかかわらず、ライティーザは影や騎士を派遣し、救出してくださった」

ロバートの言葉に、俯き涙を流していたグレースが顔を上げた。


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