5)王都の問題
ハロルドは、ロバートに薬湯を飲ませた後、暫くは眠るようにと指示した。ローズに会いたいと言っていたロバートが、寝息を立て始めた後に、ハロルドは暫く眠るような薬湯だと暴露した。
「ロバートを休ませるには、これくらいしか方法はないからな」
ハロルドはそういうと、ローズの様子を見にいくと、部屋を出ていった。
無理矢理眠らされたロバートは、付添を申し出たティモシーに任せた。アレキサンダーは、王太子として、今後の御前会議にそなえねばならない。アルフレッドとの打ち合わせが必要だった。
アレキサンダーは、父アルフレッドと、執務室で向かい合っていた。
茶を口に運ぶが味がしない。横たわったロバートのうめき声と、部屋に垂れ込めていた、ロバートの血と傷を焼いた匂いが、アレキサンダーの耳や鼻にこびりついているようだった。
「南にいたお前たちには信じられないだろうが。御前会議では、奴隷市場の解体とも、犯罪組織の摘発とも、全く違うことが論点になっている」
「はい」
往復する書簡から、アレキサンダーもそれを察していた。
「グレースとソフィアの乗っていた馬車が、襲撃された責任は誰がとるのかということばかりが議論になっている。取り戻したとはいえ、聖女ローズが攫われた責任は誰が負うのかも論争の的だ」
「数ヶ月かけて、それですか」
アルフレッドの言葉に、アレキサンダーは辛辣にならざるを得なかった。
「王都の警備、城壁の検問など、改善せねばならない点が多数あるというのに」
アルフレッドは肩を竦めた。
「情けないが。他にも議題があったが、議論が進まなすぎだ。発展性もなにもない。警備兵の指揮官だけでもアーライル家が訓練するという提案があったが、どの家も自分たちの騎士団で訓練するから良いと断る始末だ」
「訓練できていないから、今回のことになったというのに、その態度ですか」
吐き捨てるような口調になったアレキサンダーを、アルフレッドは咎めようとはしなかった。
「別件だが、リラツから、表敬訪問の申し入れがあった。ご高齢だったリラツの国王が退位を表明された。王太子が近々即位される。リラツ側から、表敬訪問をしたいと申し入れてきた」
内政の立て直しが必要な時に、友好国とはいえ、不自然な要人の訪問の打診だった。
「こちらが表敬訪問すべきではないのですか」
アレキサンダーは眉をひそめた。
「私もそう考えた。先方が、聖女ローズ様にお会いしたいと、強く要望しておられる。訪問を予定しておられるのは、第二王子だ。王太子即位後は王弟となる方だ」
第二王子が来るというのは、アレキサンダーには意外だった。会いたいわけではないが、来るならばあのハミルトン第三王子だと思っていた。
妻と娘を探すと言っていたあの男が来ないのかと思うと、妙な気分がした。ローズが王太子宮にきた頃に集めた孤児院の書類を取り出して、救護院の書類も集めるようにサイモンに言っておいたのに、無駄になるのかと、少々がっかりした。
「今回の件に関しては、五日後の御前会議での報告が求められているが、出来るか」
誰がとは、アルフレッドは言わなかった。
「用意は出来ております。書類だけであれば、明日でも問題は」
アレキサンダーはそう言ってから気付いた。
「ロバートは、まさか、この事態を予測していた」
アレキサンダーが、王都に戻ってから、確認すればいいと言っても、ロバートは仕事に手を抜くなどありえないと言い、書類を用意していた。ロバートは、共に影と行動していたエリックとも、何度も打ち合わせていた。アスティングス家に向かう馬車の中で、ロバートは、アレキサンダーに、絶対に手を出すなと約束させた。
秘密主義のロバートが、なにか企んでいたとしてもおかしくはない。
アルフレッドは、沈黙のあと、重い口を開いた。
「グレースはお前の妻だ。その兄二人を、私はお前の側近には加えなかった。なぜかわかるか」
「今回のようなことがあると、ご存知だったのですか」
アルフレッドは渋面を作った。
「知っていたというほどではない。あくまで噂だ。あの二人は、使用人たちを過度に折檻するという噂や、女子供に容赦ないという噂がつきまとっていた」
貴族の子弟の噂など、誰が国王であるアルフレッドの耳に入れたのかと、アレキサンダーは疑問に思ったが、今問題にすることではない。
「御前会議では、そのような様子は」
「王宮だ。あの場にいるのは王家の使用人だ。下位とはいえ、貴族も多い。不当な折檻などを行えば問題となる」
アルフレッドは渋面のままだ。
「建国早期からある古参貴族たちに、アスティングス家は新興扱いされている。新興扱いされている貴族の中には、貴族ではないが、古参貴族と並ぶ歴史を持つ王家の揺り籠を嫌っている者も多い。家名なしの一族と、揶揄する連中の大半がそれだ。アスティングス侯爵家は、当主と息子達が、そうであるようだな」
「グレースは、そのようなことはございませんが」
「あぁ、幸いなことだ」
アルフレッドの眉間の皺が消えたのは一瞬だった。
「ロバートを次の御前会議に出席させないわけにはいかない。当事者だ。出席できるのか」
「ハロルドに聞かねばわかりません。ただ、ロバートです。あれは這ってでも出席します」
アレキサンダーの言葉に、アルフレッドも頷いた。
「前もって王宮に泊まらせてもよい。王妃の部屋は空いている。私付きの者達は、ロバートが、自らの息がかかった者にかえていった。バーナードが手出しする心配はない」
「ありがとうございます」
アルフレッドの提案は、ありがたかった。王太子宮から王宮は、近いが、別の建物だ。当日の移動よりも、ロバートの負担は少ないだろう。
ただ、そうなると別のことも考えねばならない。
「その場合、ローズも参りますがよろしいですか」
「何、まさか同衾でも」
驚愕しながらも、アルフレッドは喜色を浮かべていた。
「あれは、添い寝です」
アレキサンダーは、ぬか喜びするアルフレッドに複雑な思いを抱きながら、水を差す言葉を口にした。
「どういうことだ」
「ですから、添い寝です。二人並んで、仲良く眠っています」
既婚者のエドガーは、呆れて物が言えないと天を仰いでいた。アレキサンダーも自分の目で、ロバートが相変わらずであることを確認した。
「添い寝。添い寝なのか、幼子を寝かしつけるときの」
信じられないと言いたげに、アルフレッドの目は見開かれているが、添い寝は添い寝だ。この目で見たのだから、間違いはない。
「どちらがどちらを寝かしつけているかはさておき、二人の子供は、まだ先です」
「ローズは十六になったのだから、結婚させてやってもよいだろうに」
あからさまにがっかりしたアルフレッドは、恨み言を口にし始めた。
「今はそう思います。十七まで結婚させないといったグレースを止めなかった自分を後悔しています。ロバートは律儀に守るつもりのようですが」
「そう思うなら、ロバートに言ってやれ」
「グレースを説得せねばなりません。それ以前に、今回のロバートへの暴行の件です。グレースの兄達が起こしたことです。確認をせねばなりません」
アレキサンダーの気は進まないが、必要なことだった。
グレースは愛する妻だ。いずれ王になるアレキサンダーの隣に、王妃として並び立つ存在だ。ロバートは、最も信頼する男だ。腹心としてアレキサンダーの治世を支える人物だ。
グレースの兄達の横暴を、有耶無耶には出来なかった。




