3)アスティングス家の噂の正体
残酷な描写があります。苦手な方は、ご遠慮いただけましたら幸いです。
アスティングス侯爵家の屋敷に馬車が着いた。
「先程の件、必ずお約束願います」
ロバートは、アレキサンダーにそう囁くと先に馬車を降りた。
「お前」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは答えなかった。
ライティーザ王国創立期、アスティングス家も別の王国を支配していた歴史のある家だ。現在のライティーザ王国となる過程で併合されたため、新興貴族として扱われることが稀ではない。併合されてから長く経つというのに、新興貴族として扱われる貴族達の不満は渦巻いている。アスティングス侯爵家の娘グレースと、ライティーザ王国王太子アレキサンダーの婚姻は、そういった不満を抑えるための婚姻でもあった。
アレキサンダーは、王太子だ。だが、義父に対しては、特に謝罪の場合は礼儀を尽くさねばならない。新興貴族だからと、王家が傲慢に振る舞い、貴族間の対立を助長することは避けるべきと考え、そのとおりに振る舞った。
「今回の件、ローズの機転で無事であったとはいえ、妻グレースを危険にさらし、申し訳ありませんでした」
アレキサンダーは、侯爵家当主フィリップと長男ウィリアムと次男ウィルヘルムの前に跪いていた。そのすぐ後ろでは、ロバートが同じように跪いている。
他の護衛は、全て部屋の外での待機を要求された。なにかおかしい。だが、馬車の中で、ロバートに約束させられたアレキサンダーは、アスティングス侯爵の要求に従った。
「殿下からの書状は受け取っております。グレースからの書状も届いております。幼いソフィアも連れていたというのに、ずいぶんと油断しておられたようですな」
声を荒らげないアスティングス侯爵は、逆に不気味だった。
「申し訳ありません」
襲撃が起こってしまったことは事実だ。言い訳しようもない。護衛もつけ、近衛の部隊もいた。それが、お互いに遠慮を招き、あるいは油断を招いたのかもしれない。頑丈な馬車で、突っ込んでくるという予想外の襲撃だった。今までの訓練など役に立たない、想定外の事態に、対応できなかった。
咄嗟に意味ある行動を取ることが出来たものは少なかった。
「詫びて済むことか。グレースとソフィアが無事で、聖女ローズも救出できたというが、襲撃され連れさられることを許したというのに、偉そうに言うことか」
次男のウィルヘルムは、跪くアレキサンダーを通り過ぎ、ロバートを蹴った。
「ウィルヘルム様!」
「なりません」
振り返り、抗議しようとしたアレキサンダーの言葉は、ロバートに遮られた。
「お前は、妹のグレースと、幼い姪のソフィアを危険にさらし、聖女ローズを、お前の婚約者というのに、みすみす攫われた。ローズを助けたと言うが、危うく奴隷として売り飛ばされる直前だったそうだな」
ウィルヘルムは、剣を抜き、切っ先でロバートの首筋をなぞった。
「本来なら、お前を殺してやりたいくらいだが、公爵家の者でもないし、婚約者のお前が死ねば、妹が可愛がるローズが悲しむだろうから、止めておくが。お前の首が繋がっているのは、聖女ローズのお陰だと思え」
「申し訳」
「申し訳ないですむか」
ロバートに最後まで言わせず、ウィルヘルムはロバートの腹を蹴り上げた。うずくまったロバートの背を踏みつける。
「ローズは、襲った連中が悪いといっているそうだが、招いたのはお前の油断だという自覚はあるか。」
「はい」
軽い何かが折れる音がした。ウィルヘルムがロバートの胸を蹴り上げた。
「ウィルヘルム様、おやめください」
アレキサンダーが、ウィルヘルムを止めようとした時、ロバートと目があった。
「なりません」
アレキサンダーは歯噛みした。馬車の中で約束をさせられた。ロバートはこうなることを予想していたのだ。
「ふん。自覚はあるようだな。立て」
ふらりと立ち上がったロバートを、ウィルヘルムは見上げた。その襟首をつかんで引きずり下ろすと、頬を殴った。
「やめろ。顔を殴ったら見えるだろうが」
長男ウィリアムはそういうと、ロバートの腹に膝を入れ、うずくまった背に拳を叩き落した。倒れこんだロバートを蹴る。風を切る音のあと、朱が飛んだ。鞭だ。用意していたのだ。空気に徐々に血の匂いが混じっていく。暴行のために用意していたとしか思えない。
ロバートの腕であれば、少々鍛錬している程度の貴族の子息二人を倒すなど用意なことだ。そのロバートが、ただ耐えている以上、アレキサンダーも動くわけには行かなかった。
「いい気味だ。ここまで無抵抗だと、面白くない」
ウィリアムが蹲るロバートを、足で仰向けにすると、ロバートが呻いた。
ウィルヘルムは鼻で笑うと、ロバートの胸にまたがり首に手をかけた。
「首を絞めたら少しは抵抗するか?」
ウィルヘルムに首を絞められたロバートは苦悶の表情を浮かべたが、指は床を引っ掻くだけだった。
「ウィルヘルム様、お止めください」
アレキサンダーは、ウィルヘルムの手をつかみロバートの首から引きはがした。手を出すなと約束させられたが、限度がある。
「面白くないな」
ウィルヘルムは、馬乗りになったまま、ロバートが顔を背け、咳き込む様子を見ていた。ロバートの口元からは、血が流れていた。
「どうせなら、もう少し肋骨を折ってやったらどうだ」
ウィリアムはそういうと、あおむけに横たわるロバートの胸に足を置いた。
「二人とも、いい加減にしなさい。無抵抗な相手に何をしている。それでは、聖女ローズを攫った連中と変わらないではないか」
座ったままの当主のフィリップが、鷹揚に止めた。
「父上、その例えはあまりに酷いですよ」
ウィルヘルムはそういうと、ロバートの上から退いた。
「ロバート」
アレキサンダーが助け起こすと、ロバートは顔を苦痛に歪めた。アレキサンダーが、抗議のため口を開こうとしたが、ロバートに止められた。
「聖女ローズは、お前が助けてくれたと言っているそうだな。だが、そもそもお前が危険な目に遭わせたわけだ。その自覚はあるか」
アスティングス侯爵は、息子たちの暴行などなかったかのように、平然としていた。
「ござい、ます」
「そうだろうな。そうでなくては、私たちとしても、この怒りを持っていく場所もない。アレキサンダー様、私は自分の娘を、危険にさらすために、あなたに嫁がせたわけではありません。心しておかれることだ」
アスティングス侯爵フィリップはそういうと、息子たち二人を連れ、部屋を出ていった。
アレキサンダーが、いつの間にか握りしめていた拳に、ロバートの手が触れた。ロバートは微笑み、ゆっくりと首を振った。
「戻り、ましょう」
暴行されたというのに、ロバートの声は穏やかなままだった。
「お前は」
こうなることを、予想していたのか、なぜ、抵抗しなかった。なぜ、何もするなと約束させた。アレキサンダーには言いたいことはいくらでもあった。だが、ここはアスティングス侯爵家の屋敷だ。長居する場所ではない。
「立てるか。肩を貸す。つかまれ」
義父であり義兄であるアスティングス侯爵とその息子たちに、アレキサンダーは、礼を尽くした。彼らは、王族であるアレキサンダーでなく、アレキサンダーに従っていたロバートに、危害を加えた。
グレースの家族ではあるが、卑怯なやり方がアレキサンダーは許せなかった。予測していたであろうに、アレキサンダーに何も云わなかったロバートに、腹もたった。
だが、今はそれを口にするときではない。
部屋の外で待機していた護衛の一人に、ロバートを背負わせた。
馬車に乗せられたロバートは、そのまま倒れ込んだ。遠慮しようとしたが、無理矢理上座に横たわらせた。戻ってきた一行をみて、目を剥いた御者は、慎重に馬車を走らせてくれている。
王太子宮には知らせをやった。ハロルドが待機しているだろう。
ロバートは、時に秘密主義だ。今回の件、明らかに何かを企んでいる。アレキサンダーは、計画を口にしないロバートに苛立ちを覚えた。
アレキサンダーは、ロバートに、お前は、私を信頼していないのか、企みに関わるに値しないと思っているのか、と問いただしたかった。だが、肝腎のロバートは、目を閉じ、痛みに耐えている。馬車が揺れるたびに、苦悶の表情を浮かべるロバートに、喋らせるわけにもいかない。
アレキサンダーは、帰りを、行きよりも遥かに長い時間に感じた。
暴力はいけません。本当に。
身分制度があると、貴族以外は生きることが大変だろうなと思います。




