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22)王太子妃グレースの戦い

 王太子宮では、グレース主催の茶会が開かれていた。貴族の女性達の社交の場だ。女性達は他愛ない話題に花を咲かせていた。


 グレースも鷹揚に頷きながら、意味のない会話を聞き流していた。ロバートがローズを参加させたがらない理由もわかる。ローズはこういった無駄話よりも、政策の議論を好む。


 水害から領地を復興させた老伯爵の昔話に目を輝かせていたローズが懐かしい。アレキサンダーは、ローズにかつて自分がうけた教育を受けさせている。第二のロバートにすると言っていたが、ローズにはそのほうが向いているだろう。


 ソフィアの最近の宝物は、ローズからの手紙だ。文字も読めないソフィアにまで、ローズは手紙をくれる。ソフィアは、大喜びで、何度も大人達に読んでくれとせがみ、内容を覚えてしまった。最近は、片言で大人に読み聞かせてくれる。逆さまに持っていることもあるが、それはそれで可愛らしい。


 ローズが、次にソフィア宛の手紙をくれるのはいつだろうか。アレキサンダーの執務が一段落し、王都に戻れるのはいつだろうか。アレキサンダーは南でどうしているだろうか。グレースがそう思っていたときだった。


「素性も知れぬ男達に、随分と恐ろしい目にあわされたとか。お可哀そうですわね。聖女ローズ様も」

その言葉に、茶会の雰囲気は凍った。


 グレースはこの場にロバートがいないことに安堵し、同時に憤りを感じた。根拠のない噂でローズを(おとし)めようなど許せない、茶会を主催した、王太子妃グレースの言葉には、権威がある。叱りつけるのは簡単だが、必要以上に相手を追い詰めかねない。どうしたものかと思ったときだった。


「なんてお可哀そうな方なのでしょう」

ブレンダが、(くだん)の発言をした令嬢の手をとった。ブレンダの目に浮かぶ涙に、グレースは驚いた。

「そんな嘘を吹き込むような方がお友達だなんて、本当に、お可哀そうな方。お若いうちから、お友達に恵まれないなんて、本当においたわしいことです」

ブレンダは、心の底から令嬢のことを思いやっているかのようだった。


「そんな、嘘だなんて、私とお付き合いくださっている方々が仰るはずがございませんわ」

令嬢は次々とその話を聞いた茶会に出席していたという貴族の家名を上げていった。グレースの視線に、控えていた数名が視線だけで答えた。


「まぁ、そんなにたくさんの方に、大嘘を吹き込んだ方がいらっしゃるのですね。なんて、なんと恐ろしいことでしょう。まさかあなたは、そんな大嘘を真に受けていらっしゃいませんよね。ありえませんもの」

ブレンダは令嬢をいたわるように見つめた。


「嘘など、私は」

「ありえませんわ」

ブレンダがグレースに視線を向けた。

「えぇ。ありえないことよ。どなたがそんな酷い嘘を吹聴しているのかしら。随分といい加減なことをする方がいるようね」

グレースはできるだけ穏やかに慈悲深く微笑んだ。


「私、ブレンダ・バーセアは、王家の揺り籠に由来をもつ貴族ですわ。王家の揺り籠の気性は激しいものです。貴女様もご存じないわけがありませんわ」


 ブレンダは、今度は笑顔になった。国境地帯を守る辺境伯は、代々武勇に優れていることはよく知られている。その娘を相手に、知らないなどと答えるものはいないだろう。


「あなたが吹き込まれた嘘のようなことが、気配でもあろうものならば、その場にいたものを皆殺しにしてでも、王家の揺り籠本家のロバート様は、ご婚約者のローズ様を救出されますもの」

ブレンダは楽しそうに笑った。皆殺しなどという物騒な言葉を口にしているとは思えない笑顔だ。王家の揺り籠と縁があると、自ら言うだけのことはある。


「ありえませんわ。少しお考えになれば、貴方もおわかりになることでしょう。ライティーザの歴史が、その証拠ですもの。貴方もご存知でいらっしゃいますでしょう。お友達がおっしゃったからと言って、鵜呑みにされては。お友達を装って、貴方を陥れようとする方の罠にかかってしまいますわ。お気をつけにあそばせ」


 ブレンダ・バーセアの言葉が、お前は嘘を鵜呑みにする馬鹿だ。いつか嵌められるぞ、という警告であることに気づいたものがどれだけいただろう。


「ブレンダ様の仰るとおりですわ」

伯爵夫人の一人が微笑んでいた。

「大司祭様が讃える聖女ローズ様を(おとし)めようとする方がおられるのでしょうね。嘆かわしいことですわ」


「そうおっしゃいますけれど、ご自身が聖女ではないと、否定しておられるのでしょう」

あくまでローズを貶めようとする輩もいるらしい。グレースが、さすがに窘めるために、口を開こうとしたときだった。


「えぇ。とても謙虚な方でいらっしゃいますもの。アレキサンダー様が、夫が謁見した際に、ローズ様に助言はないかとおっしゃってくださったのです。ローズ様のご助言で、領地は随分と助かりました。北は産物が少ないものですから。ローズ様に御礼を申し上げたら、夫の功績だ、ご自身は一言申し上げたに過ぎないからと。実行した夫と夫の領民、夫を支えた私の功績だと、仰ってくださいましたそうですの。夫も私も感激しました。あのような謙虚な方こそ、真の聖女です。私共は、子供達に、聖女様のご助言に感謝するように、聖女様のお知恵を分け与えて下さったアレキサンダー様の寛大な御心に報いるようにと伝えております」

 北方に領地を持つ伯爵夫人は艶然(えんぜん)と微笑んでいた。その目は先程の子爵令嬢に冷たく注がれている。


 執務室にいることが多いローズは、様々な貴族と会っている。執務の手伝いをしていると聞いていた。グレースの知らないローズの姿だ。ローズの過度の謙虚さを、理解するものがいることに安堵した。


「王都を離れた北でも、孤児院や救護院を慰問されたことがあるとか。今も王都に戻られず、南で各地を慰問して下さっています。ようやく南にもいらしてくださったと、私共も感激しておりましたの」

 南に領地をもつ子爵夫人の言葉に、数名が頷いた。


「私、グレース様、ソフィア様にお会いできて幸せですわ。でも、領地におりましたら、聖女ローズ様にお会いできたかもと、贅沢なことを悩んでしまいますの。行き違いになることを思うと、今から領地に戻る気にもなれませんし」

どこまで本気かわからないが、子爵夫人は微笑んでいた。


「このたびのアレキサンダー様の御功績、ライティーザ王国が始まって以来の大規模な奴隷市場の摘発にも、聖女ローズ様のご尽力があったとか。素晴らしいことですわ。奴隷市場に関わるような貴族が取り潰しになり、私共も安堵しておりますの。私共の領地でも、人攫いには苦労しておりました。ぜひ、お会いして御礼を申し上げとうございます」

 女性達の言葉が、どこまで本気かはわからない。少なくとも、ローズに関する根も葉もない噂を広めることもないだろう。


 伝統を誇る古参貴族の多くは、王国の歴史を生きてきた王家の揺り籠に敬意を払う。彼らに新興と言われる貴族には、歴史が古いが爵位を持たない王家の揺り籠を見下す風潮があった。グレースの父、アスティングス侯爵もその一人だ。


 今日の茶会は、新興貴族と呼ばれる家の女性たちが多く参加していた。大半が新興貴族だというのに、ロバートの婚約者であるローズを擁護する発言があるとは、グレースも思っていなかった。


 ローズを貶める噂が貴族の間で広められているのは気がかりだ。今日の茶会は、関係していそうな貴族達が判明しただけでも収穫があった。他にも、新興貴族と言われる貴族の間で、一部とはいえローズが好意的に受け入れられていることがわかった。


 グレースはアレキサンダーへの手紙で茶会の次第を伝えた。ソフィアが、ローズからの手紙を宝物にしていることも書いておいた。ソフィアからのローズへの手紙、といっても紙にインクが踊っているだけのものも、同封しておいた。


 アレキサンダーがローズを相手に嫉妬し、ロバートに(なだ)められている様子が目に浮かぶようだ。次にアレキサンダーから連絡がくるときは、ソフィアの宝物が一つ増えるだろう。


 グレースは、アレキサンダーが、王都に帰ってくる日が待ち遠しい。帰還してもアレキサンダーが、政争の中に身を置くことにはかわりない。心休まることは少ないだろう。


 王太子妃として、夫のために出来ることをしたい。王太子妃であるグレースは、政争の表舞台に立つことはない。王妃のいない今、王太子妃グレースは貴族女性の頂点にある。貴族の女性が夫や子供に与える影響は大きい。グレースは、ロバートに「女には女の戦い方がある」と言ったことがある。


 茶会も、女の戦いだ。グレースは、次の茶会の参加者の選定を始めた。



第四部十四章 終了です。

第十五章このまま連日七時の更新で続いていきます。ぜひ、お楽しみいただけましたら幸いです。

ただし、残酷描写あります。苦手な方はご遠慮ください。


誤字脱字報告、本当にありがとうございます。

読んでくださっている方、ブックマーク、評価頂いている方、感想をくださった方、全ての方々、皆様、本当にありがとうございます。


幕間の投稿予定です。

10月22日10時から3日連続10時投稿です。

第十四章と第十五章の間のお話です。本編がシリアスなので、幕間はのんびりです。お楽しみいただけましたら幸いです。

「お手紙」(おてまぎ)

https://ncode.syosetu.com/n8553hg/






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