21)後悔
別室に下がった後、ロバートは震えるローズを抱きしめていた。
「大丈夫、もう大丈夫ですから」
それ以外、なんと言えば良いのだろう。ロバートにはわからなかった。
結局その日一日、ローズはロバートにすがり、離れようとしなかった。
夜、ロバートは隣で眠るローズを見つめていた。食事の間も、ローズはロバートから離れようとせず、何かに怯えていた。ロバートは、ただ、ローズを抱きしめ、一口ずつ食事をさせてやった。震えるローズの手では、カトラリーを扱うことが出来なかった。
ロバート自身、ローズを追っていた頃、悪夢に魘され、ほとんど眠れずにいた。冷たくなったローズを抱き、絶望し、必死で呼びかける自分の声に、目を覚ました。死体が見つかったという声に飛び起き、夢であることを知り安堵した。悪夢が恐ろしく、眠れなくなった。
追跡のための影の部隊を率いていた身としては失格だ。気心の知れたエリックが影として、同行してくれていたから何とかなったようなものだ。
ロバートが、白昼夢まで見るようになったころに、ようやくローズをのせた馬車は移動を止めた。ロバートには、あのまま移動が続いていたら、自分が狂っていたかもしれないという自覚がある。
救出されてからのローズは、気丈に振る舞っていたが、辛かったのだろう。ローズは、奴隷商人達に囲まれ、たった一人だったのだ。
昼間は各地への慰問や、執務の手伝いなどで忙しく、夜は誰かが常に添い寝していた。当時のことなど、振り返る暇もなかったから、発覚せずにいたのかもしれない。
今になり、ようやく何が起こっていたのかということに、気がついたのかもしれない。夜は添い寝してやったが、日中は普段どおりに振る舞うローズの心の内に、気づいていなかった自身が情けなかった。
このまま休ませたほうが良いのか、気を紛らわせるため多忙に過ごさせたほうが良いのか、ロバートにはわからなかった。
「ローズ」
眠っているローズは答えない。
「私はあなたを守るといったのに」
また、傷つけてしまった。
「ローズ」
ライティーザ王国は、建国早期に奴隷制度や人身売買を禁止した。だが、人身売買は後を絶たなかった。ここまで大規模な摘発が出来たのは、建国以来だ。始祖の悲願の達成も近いと浮かれていたのだろう。
最も大切なはずのローズの心に、気を配ってやれなかった。
深い後悔に身を刻まれるようだった。何かあれば相談しろといったのはロバートだ。
だが、ローズは敏い。この件の片付けのため、アレキサンダーは南を離れる事ができず、王太子宮の業務を領地でもない土地で行うという異様な事態であることをわかっている。
ローズが、つらいなど、言うわけがない。
ロバートは、夜ごと、腕の中のローズの温もりに、安堵していた。ローズの心の内を思いやることができていなかった。
また、守るという約束を、守れなかった。
グレース達一行の馬車が襲われた日、ロバートは王太子宮にいた。ローズが、誰かに相談する間もなかっただろう。グレースの身代わりなることを選んだローズの機転は正しい。ブレンダが咄嗟にローズに真珠の首飾りを渡したのも、ローズが真珠の首飾りの謂れを知っていたのも幸いだった。
ローズを連れ去る馬車に、影と、ヴィクターと、デヴィッド、ティモシーの四人が取り付いた。王都を囲む城壁の門の近くでティモシーを叩き落としたデヴィッドのおかげで、馬車の向かった方向がわかった。ティタイトとの戦いを知る影だった男の機転だろう。
それに比較し、自分に何が出来たのだろう。自分は何をしたのだろう。ロバートは眠るローズを抱きしめた。せめて夢の中では、怖い思いをしないでほしい。
何もしてやれなかった自分が情けなかった。微笑むローズが、無理をしていることを見抜けなかった愚かな自分が呪わしい。
「ローズ」
眠り続けるローズの額に、ロバートはそっと口づけた。
せめて安らかな夢を見ていてほしかった。




