19)老夫婦1
「あの、こちらの方々はどうしましょうか」
担当者が遠慮がちに口を開いた。ロバートの腕に包まれたまま老夫婦を見たローズは、首を傾げた。ふたりともが、肉体労働に不向きな華奢な体躯をしていた。奴隷として売り買いする対象とは思えない。
「あなたたちは、もともと何をしておられましたか」
「いえ、申し上げるほどのことではございません」
言葉遣いも、市井のそれではない。貴族と接点があるとしか、思えなかった。
「誰かに仕えていたでしょう?誰に?そして何をしていたの?」
二人は黙ってしまった。
「ロバート、場所を変えましょう」
誰かに仕えていたのであれば、その貴族は奴隷売買と関連があることになる。立ち話で済ませていい話題ではなさそうだった。
一室が用意された。ロバートとローズだけでなく、アレキサンダーも同席することになった。
老夫婦は互いに手を取り合い、落ち着かない様子で座っていた。
「手をみたらわかるわ。あなたたちは労働者ではないわ。貴族に仕えていたでしょう。それも、かなり上の立場ではないかしら」
ローズが言った。老夫婦は答えない。
「誰に仕えていたかは知らないけれど、あなたたちをこの境遇においやった人をかばう意味はありますか。今のように、黙っておられるままでは、何もわかりませんから、こちらも困ります。あなた方が言うつもりがなくても、調べる方法はあるのよ」
ローズは単純に、記録を洗いざらい調べるという意味だった。
だが、老夫婦はそうは取らなかった。二人は抱き合って震えだした。助けを求めるように二人は周囲をみた。ローズのほかには、厳しい顔をしているアレキサンダーと、無表情で眼光鋭いロバートしかいない。あの時、ロバートが放ったという矢は、競りの胴元の目を射抜いていた。あの光景は今も覚えている。
「素直にお話しされたほうがよいでしょうね」
ロバートの声は、先ほどの少年を相手にしていた時とは比較にならないほど、冷たかった。
老夫婦は、落ち着き無くアレキサンダーとロバート、周囲の護衛たちを見ていた。全員が、帯剣しているのだ。
「お前たちが話したということは、内密にしておこう」
アレキサンダーがいった。
「それは、確かにお約束いただけますか」
老人の言葉にアレキサンダーは頷いた。
「少なくとも、誰が言ったかは伏せておきましょう。あなたがたは、王太子宮で庇護されます。お話しいただいた内容に関しては、しかるべき対応をとることになります」
ロバートの言葉に、アレキサンダーも頷いた。
「出来ましたら、この場にいない、私どもの息子たちの家族に関してもお願いしたく存じます」
老人は頭を下げた。
「どなたでしょうか。どちらにおられますか?」
「次男は私どもよりも先に冤罪をかけられ、出奔しました。どこにいるかわかりません。名はリチャードと申します」
聞き覚えがある名前に、三人は顔を見合わせた。
「仕えていたのはダミアン男爵家ですか?」
老夫婦が顔を上げた。
「なぜ、それを」
肯定する老人の言葉に、アレキサンダー達も驚いた。
「先日、リチャードには会いました。ローズの追跡の際、彼には世話になっています。そのあと、森へ帰ったので、今どこにいるかはわかりません」
リチャードとサミーと森の民は、騎士達の突入と同時に逃げていった。彼らが奴隷商人や、奴隷を買いに来ていた連中の後ろ暗い金を巻き上げていったことには、駄賃として目をつぶってやっている。ロバートは、街道の警備を担う人材が欲しかったが、彼らは乗り気ではなかったらしい。
「リチャードさんの息子さんにも、会ったことがあるわ」
「孫にも!」
ローズの言葉に、老夫婦は目を輝かせた。
「ローズが目を治してやったので、その恩義を感じてくれているようですね。森にすむ者たちに、王太子宮関係者には手を出さないように目を光らせてくれているそうですよ」
老夫婦は手を取り合って、息子一家の無事を喜んだ。喜んでいるのはいいが、落ち着いて話をすることは無理だろう。
取り調べは翌日、あらためて行うこととした。




