18)少年
「どうしてもローズ様に会いたいといって聞かない子がいます。一度会ってやってくれませんか」
ある日、執務室に、保護された者達の対応に当たっていた男がやってきた。
「私に。わかったわ。でも、なぜかしら」
ローズは首をかしげた。
「会っていただけたら、わかると思います」
男はそう言うだけだった。
大半の奴隷は、それぞれの土地へ送り出された後だ。残っていたのは、老夫婦と、各地の孤児院への出発を待つ子供たちだった。
ローズはロバートに連れられて彼らの前に立った。
「おれはあの姉ちゃんの家来になる!」
子供たちの一人、十歳にも満たないような少年が、ローズを指して叫んでいた。威勢のよい少年に、ローズは思わず微笑んだ。
「あの子、ずっとあぁだよ」
「毎日ずっと言ってる」
周りの子供たちは、騒ぐ少年に動じた様子もなかった。
「親が見つからない子や、育てられない子は、各地の孤児院に送り届けています。孤児院が預かることが出来る人数には限界がありますから。順に出発させています。この子は毎回、どうしても嫌だといって残ってしまっているのです」
担当者の言葉に少年は胸を張った。
「おれは、姉ちゃんの家来になるんだ!孤児院にはいかねぇぞ!」
自慢することではないだろうに、堂々と宣言した。
ローズは苦笑した。ロバートは呆れているのだろう。無言だった。
「あなた、お名前は?」
「ジャック」
「そう、私はローズ」
「おれは、ローズ姉ちゃんの家来になる!」
一生懸命そういってくれる子供はかわいいが、ローズは、誰かを配下に持つような立場ではない。
「私は、王太子様にお仕えしているの。私自身が家来だから、あなたを家来にできないわ」
「やだ!」
「申し訳ありません。毎日のように言い聞かせているのですが、頑固な子供でして」
担当者はため息をついた。
「ジャック、あなたがきちんと勉強をして、賢くなって、訓練をして強くなって、両方をがんばったら、王太子様にお仕えできるかもしれないわね」
ローズは微笑んだ。
「王太子様?」
「私がお仕えしている方よ。私は、孤児院で沢山勉強をして、王太子様にお仕えすることになったの。あなたも沢山勉強して頑張ったら、王太子様にお仕えできるかもしれないわね。」
「ローズ姉ちゃんの家来じゃなくて、別の人の家来になるの?」
少年は頬を膨らませた。
「ジャックですか。あなたが、ローズの話が分かるくらいに勉強して、私が一人前と認めるくらいの腕前になったら、ローズと同じ方にお仕えして、一緒に働く事ができますよ」
呆れていたロバートも、ジャックの熱心さに目を向けることにしたのだろう。条件を提示しはじめた。
「おう、兄ちゃん、本当だろうな。嘘じゃないよな」
ジャックがロバートに詰め寄った。
「あなたの努力次第です。ローズは孤児院で人並み以上に勉強しました。今も勉強しています。ローズが育ったグレース孤児院に行くことが出来るように手配しましょう。しっかり勉強してください。グレース孤児院では、アーライル家が若手を集めるために剣の訓練をしています。あの孤児院が良いでしょう」
ロバートの言葉に、担当者が一礼した。
「承知しました」
「あの、ローズ姉ちゃんって賢いの?」
「王太子様にお仕えして、執務のお手伝いをしています」
ジャックの質問にロバートが答えた。
「まじかよ。兄ちゃんに一人前に認めてもらうっていうけどさ、兄ちゃんって強いの?」
曖昧に微笑むロバートの代わりに、ローズが答えた。
「市で飛んできた矢はあなたも見たとおもうけど、壇上に居た人を射たのはロバートよ」
「まじかよ。無理だぁそれじゃ」
ジャックはため息をついた。
「大丈夫よ。沢山勉強して、沢山練習したらいいわ」
ローズが明るく励まし、ロバートの手をとった。
「みんな沢山練習しているの。ほら」
ロバートの手は、剣や弓の鍛錬で皮が厚くなっている。だから、触れられたら、ローズには、すぐにロバートの手とわかる。訓練を積んだ手には、安心できるものがあった。
ジャックは自分の手を見た。畑仕事をしていたから、鍬でできたタコはある。見せられた男の手とは全く違う。沢山練習しないといけないのだ。
「頑張ってね」
孤児に読み書きを教えていた孤児院は、近隣の子どもたちにも教えるようになった。今は、孤児院に学校が併設されている。教育を受けた子供たちの中には、貴族に小姓や侍女として雇われるものもいた。職人の見習いとなる子もいる。養子縁組されることも増えた。基本的な躾がなされ、読み書き計算が出来るということは、価値になるのだ。
家族の縁がないということは、新しくできた縁を大切し、裏切らないはずだと、アーライル家は、見込みある少年たちを次々訓練兵に採用していた。
「五年は待ちましょう。できれば三年以内に王太子宮で使えるくらいになってください」
「おう、わかった」
ロバートの出した条件に、ジャックは元気よく答えた。
「ジャック、そういうときの返事は、『承知しました』です」
ロバートが静かな声で訂正した。
「承知しましたぁ」
他の子供たちと一緒にジャックは部屋を出ていった。外に出ても、ジャックが、承知しました、三年だぁ等と、叫んでいるのが聞こえてくる。
「楽しみね」
ローズは楽しそうに笑った。
「いいのですか」
「なにが」
ロバートの言葉に、ローズは首をかしげただけだった。
ロバートは自分の手を見た。今まで気にしてもいなかったが、鍛錬のため手の皮が厚くなっている個所がある。硬い手だ。ローズの柔らかい頬は、こんな手では痛かったのではないだろうかと、気になった。
「守ってくれる優しい手よ」
ローズはロバートの手を取ると、そっと頬にあてた。
「安心できるわ」
ロバートはそっとローズを抱きしめた。




