表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/210

16)朝

 朝、ロバートは、腕の中で眠るローズが目覚めるのを待っていた。ゆっくりと、琥珀の瞳と目があった。

「ローズ」

ロバートは、ふわりと笑ったローズを抱きしめた。

「ロバート」


「おはようございます」

どちらともなく朝の挨拶をした。


 伸びをしたローズの足が、ロバートの足にあたった。

「あ、ごめんなさい」

「いいえ。ローズ、あなたが謝ることではありません」

「でも、蹴っちゃったわ」

ロバートは、己の唇で、なおも言い募ろうとするローズの言葉を止めた。


「ロバート」

ローズ自身は抗議しているつもりなのだろうが、上目遣いに睨まれても可愛いだけだ。

「謝らねばならないのは私です。あなたを危険な目にあわせてしまった。一番、側に居なければいけない時に、あなたの側にいませんでした。あなたに、一人で、あなたにとって残酷な決断をさせてしまった」

「そんなことないわ。ロバートは、私を助けてくれたわ」


 両手を伸ばしてきたローズが、ロバートの首筋に抱きついてきた。

「くすぐったい」

ロバートに頬ずりしたローズが笑った。

「まだ、起きたばかりで、髭をそっていませんから」

笑っているローズの頬に、ロバートはわざと頬を擦り付けた。

「もう。ロバート、くすぐったいの」


 逃れようとしたローズが、ロバートを乗り越え、寝台の反対側へと転がった。

「落ちますよ」

ロバートは、腕を伸ばしてローズを引き止めた。

「ありがとう」

ローズはまた、ロバートの首に抱きついてきた。


「ねぇ。ロバート。私、帰ってきたのよ」

両頬を、ローズの手で挟まれた。驚くほど間近で目が合う。

「ねぇ。私、帰ってきたの。おかえりなさいって言って」

ローズは笑顔だった。ロバートは呆気にとられ、何も言えなかった。


「ねぇ。おかえりなさいは」

ローズの琥珀の瞳に、窓の光が映り込んでいた。茶色の柔らかい髪の毛が、陽の光をうけ、輝いていた。

「ロバート、おかえりなさいって言って」

ロバートには、ローズの意図がわからなかった。

「おかえりなさい」

「ただいまかえりました」

ローズが、満面の笑みを浮かべた。


「私は、帰ってきたの。帰ってきたのよ。無事に。だから、ありがとう。もう、謝り合いは無しにしましょう」

「ローズ、ですが、私は」

「あなたのせいではないわ。助けてくれたもの」

なぜか、ロバートの胸が熱くなった。


「ローズ、なぜ、」

「助けてくれたわ。助けに来てくれると、信じていたわ。信じていられたから、怖かったけど、がんばれたわ」


「ローズ」

ロバートは、ローズを抱きしめた。ローズは大きくなった。もっと、小さい頃から知っている。あの頃、抱きしめた小さなローズは、抱き上げるのも簡単だった。同じ背丈の小姓達よりも軽かった。素直で(さと)く、生きることに不器用なローズを、守ってやりたいと思った。


 守っているつもりで、助けられているのは、自分かもしれない。


「ローズ。無事に、帰ってきてくれて、ありがとうございました。本当に、よかった」

涙が、ロバートの頬を伝った。

「あなたを、失うかと思うと、本当に怖かった。どれほど、後悔したか」


 後悔だけではない。


 あの日、ローズを、王太子宮から出さなければよかった。行かせるのではなかった。見舞いにいくというグレースを止めてもよかった。ローズを、グレースに同行させるのではなかった。何度も後悔した。


 だが、それでは、グレースの身に、万が一のことがおこっていただろう。ローズのことしか考えていない、自分の狭量さに幻滅した。


 近衛兵達が、町の警護を担う衛兵達が、門番達がなぜ、ローズを助けなかったのかと恨み、他人に責任転嫁しようとする己の浅ましさに、嫌気がした。


「会いたかった。どれほど、会いたかったことか。あなたが、無事で本当によかった」


 捕らえられていたローズのもとに行きたかった。ローズを取り返したかった。だが、そんなことをしたら全てが無駄になるとわかっていた。できなかった。遠目に一度見ただけだ。助けたかったのに、長としての立場が、許さなかった。


 助けたかった。助けることが出来たはずなのに、助けられなかった。

「あなたを、助けたかった。助けられたのに」


 出来なかった。大切な人を、守るために、助けるために鍛錬していたはずなのに、助けるわけにはいかなかった。

「奴隷市場の場所がわかる好機だったもの。私一人を助けても、何も解決しないわ。きっとまた、似たような、もっと大変なことがおきてしまったかもしれないもの」


「ローズ」

ローズは敏く賢い。グレースの身代わりとなったことも、ローズを捕らえていた奴隷商人達に目立って抵抗しなかったことも、無理に逃げようとしなかったことも正しい。


 ローズはまだ、成人したばかりなのだ。


 王太子になったばかりのアレキサンダーとロバートが、反対勢力から命を狙われていたときと同じ年齢だ。あの頃、毎日のように命を狙われていた。ローズには、あんな思いをさせたくなかったというのに、今回の拉致だ。


 ロバートは、ローズをみすみす攫わせてしまった無力な己が情けなかった。己の無力さを嘆くことしか出来ない、己の立場が辛かった。あのときほど、王家の揺り籠とも、家名無しの一族とも呼ばれる一族の人間であることを、辛いと思ったことはなかった。だが、一族ですらなかったら、一介の使用人であったらローズを追うこともできなかった。


「ロバートは、私を助けてくれたわ」

ロバートは、ローズを抱きしめ、頬ずりした。

「くすぐったい」


 ロバートは、笑うローズに口づけた。

「愛しています」

「私も」

ローズの短い答えに、ロバートはもう一度ローズの唇を、己のそれで覆った。

「会いたかったの」

息をつぐ間に告げられたローズの言葉に、ロバートはローズを抱く腕の力を強くした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ