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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十二章 イサカへの視察
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4)男たちの悪戯

突然、ノックの音と同時に扉が開き、ロバートが入ってきた。

「どうした」

ロバートは、アレキサンダーも見たことのないような表情をしていた。アレキサンダーを無視したロバートは、町長に詰め寄っていた。


「なぜ、部屋の寝台の数が変わっているのですか」

「だって、婚約したから、ほら、いい夜を過ごすには、あのほうがいいかと」

「婚約はしましたが、結婚はしていません。確かに部屋には寝台が二つあったのに、なぜ、戻ったら一つになっているのですか」


ロバートの言葉に、アレキサンダーも事情を察した。

「入れ替えたからな。仲が良さそうだったから、夜はお楽しみだろう」

「楽しめばいい。可愛い子じゃないか」

「可愛いお嬢ちゃんと一緒の部屋なのに、寝台が二つなんて無粋だ」

「ですから、結婚はまだ先です」

「つまらないやつだな」

ロバートの剣幕に、飄々(ひょうひょう)と応じる町の男達には、悪びれた様子もない。


 護衛達も事情を察したのだろう。必死に笑いをこらえている。アレキサンダーも笑いたい。だが、アレキサンダーまで一緒になって笑ってしまっては、ロバートが可哀想だ。


「寝台をもう一つ、入れてやってくれ。そうでもないと、この男は床で寝る」

アレキサンダーの言葉に、町の男達から、様々な野次が飛ぶ。


「王子や姫の手本となれ、というのが家訓の家の生まれだ。お前達の気持ちもわかるが、ロバートには、酷だ」

「王太子様、おっしゃることはごもっともですが、大きな寝台を運び込んだので、もう一つは入らないのです」

町長は申し訳無さそうにしているが、商人の町だ。腹芸ぐらいはこなすだろう。どこまで本当かわからない。


「でしたら、床で十分です」

(きびす)を返そうとしたロバートに町の男達が慌てた。

「わかった、わかった。長椅子なら入る。いまから運び込んでやるから」

「しょうがない堅物だな」

「おまえ、そんなことをしていると、いつまで経っても子供など出来ないぞ」

「まだ、結婚はしておりません」

「似たようなものだろう」

「違います」


 一団が騒ぎながら出ていった後、アレキサンダーは、こらえきれずに笑いだしてしまった。

「噂とはいえ、あのロバートが、女を」

女を漁るなどありえないと続けようにも、笑ってしまい言葉が続かない。


「ねぇな」

「ないない。噂なんて、信用ならねぇな」

残った町の男達も笑っていた。

「あれで将来、本当に子供ができるのか」

「そっちのほうが心配だ」


 男達が心配するのも無理はない。だが、ロバートは、寝台が一つしないことに焦っていた。

「まぁ、寝台が一つで、あそこまで焦るのだから、その心配はないだろう。私は安心した」

アレキサンダーの言葉に、また、笑いが広がった。


「道中、何度か宿をとった。あの二人を同室にして、一応寝台を二つにしてやったら、ロバートは、ローズを寝かしつけて、機嫌よく寝顔を眺めていたから、逆に心配していた」


 ロバートは、ローズが王太子宮に来たばかりの頃、人形遊びのように可愛がっていた。今もまだ、その延長にあるのかと、アレキサンダーは呆れた。男達の言うとおり、将来、本当に二人の間に子供ができるのかと、気になったほどだ。


今度は溜め息がそこかしこできこえた。

「やっぱそうかぁ」

「あの嬢ちゃんが、相手くらいがいいのかもなぁ」

(うぶ)だなぁ」

「まさか、知らないとかないよな」

男が卑猥な仕草をした。

「下手な女あいてじゃ、食われちまうな、ありゃ」

「結婚したら、化けるかも知れねぇぞ」


 護衛たちが、笑いをこらえるのに必死で、もはや護衛としての役目を果たしていない。少々下品だが、男達の会話は、王太子宮での会話と似ていた。


そのうちに、先程出ていった一団が戻ってきた。

「駄目だったぞ」

「せっかく用意してやっていたのに、ロバートの奴、嬢ちゃんに普通の寝間着着せてやがる」

「つまらないやつだ」

「意味ねぇなぁ、二人きりだろ」

やれやれと言ったふうに、男達はため息を吐いた。


「どうした」

町の男たちの気遣いは、寝台だけではなかったらしい。促したアレキサンダーに、男の一人が大げさに、振り返った。

「どうもこうもありませんよ。王太子様。せっかくの一夜です。素敵な時を過ごしていただきたいと思いましてね。私どもの店の中で、一番こう、なんと申し上げますか、お二人で夜を過ごすのに何より素晴らしい、レースなどを使った一級品を用意させていただいていたのですが」


 男は、芝居がかったように肩を落とした。

「普通の寝間着に負けるなど」

 野次を飛ばす者、用意したという男を慰める者など様々だ。


「お前たち、ロバートの自制心をすり減らさないでやってくれ。ローズもローズでロバートに甘えたい放題だ。結婚するまで手が出せない立場のロバートが、ときに哀れなほどだ」


 ロバートと、ローズの距離はとても近い。ロバートはローズを、婚約前から、抱きしめ、頬や額に口づけ、可愛がっていたのだから仕方ない。

「あまりに隙がない男だ。少しくらい、苦手があってちょうどよい」


 部屋に戻ってきたロバートの口調は、常通り丁寧なままだった。だが、アレキサンダーも見たことがないくらい、慌てふためいていて、正直にいえば面白かった。

「まぁ、寝台が一つで大慌てだ。(うぶ)で面白かったな」

「慌てるのなんて、初めて見たな」

「まぁ、まだ若いからなぁ」

アレキサンダーの言葉に、町の男達も遠慮なく続けた。


「ところで、その特別な寝間着はどうなった」

「部屋にきちんと畳んで置いてありました。嘆かわしいことです」

男は泣き真似を始めてしまった。


「私の部屋に入れておいてくれ」

「殿下の奥方様の寝間着も、一級品を用意しておりますよ。ぜひ、お二人の素晴らしい夜に華を添えることができましたら幸いです」

さすが、商人の町の有力者は抜かりがない。


「それは礼を言わねばならないな。だが、ローズのために用意してくれたものは、そのままだと、ロバートは置いて帰るだろう。私の荷に入れておけばわからない。いずれあの二人の式の夜に使わせてやろう」


 男の言葉からさっするに、さぞかし扇情的な寝間着のようだ。初夜、ロバートの反応が楽しみだ。見てみたいが、想像するしか無い。

「おお、さすが、殿下。ぜひ、よろしくお願いいたします」

早速部屋を飛び出そうとした男を、周囲の男達が止めた。


「別に寝ているだけだろう」

「何を言ってるんだ。お嬢ちゃんの寝顔を眺めて楽しんでるって、殿下がおっしゃっただろう。野暮だな。邪魔するんじゃねぇよ」

口々に勝手なことを言い、男達は騒がしい。


「王太子様、もうこのあとは酔っ払っておしまいです。どうぞ、お部屋でお休みください。朝はどうぞごゆっくりお過ごしください。ご予定は昼からにしております」


 町長の言葉通りだろう。アレキサンダーは護衛達とともに、部屋に戻った。隣の部屋で、二人がどうしているか、気になるが覗くわけにもいかない。

「まぁ、ゆっくりさせてやるか」

間違いなく二人は、何事もなく一夜を過ごす。朝、ロバートは、いつもどおりローズの髪を整えてやるのだろう。

「朝、ロバートを(からか)うことができるのは、まだ先だな」




「お二人で夜を過ごすのに何より素晴らしい、レースなどを使った一級品」の寝間着=「ベビードール」です。


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