4)男たちの悪戯
突然、ノックの音と同時に扉が開き、ロバートが入ってきた。
「どうした」
ロバートは、アレキサンダーも見たことのないような表情をしていた。アレキサンダーを無視したロバートは、町長に詰め寄っていた。
「なぜ、部屋の寝台の数が変わっているのですか」
「だって、婚約したから、ほら、いい夜を過ごすには、あのほうがいいかと」
「婚約はしましたが、結婚はしていません。確かに部屋には寝台が二つあったのに、なぜ、戻ったら一つになっているのですか」
ロバートの言葉に、アレキサンダーも事情を察した。
「入れ替えたからな。仲が良さそうだったから、夜はお楽しみだろう」
「楽しめばいい。可愛い子じゃないか」
「可愛いお嬢ちゃんと一緒の部屋なのに、寝台が二つなんて無粋だ」
「ですから、結婚はまだ先です」
「つまらないやつだな」
ロバートの剣幕に、飄々と応じる町の男達には、悪びれた様子もない。
護衛達も事情を察したのだろう。必死に笑いをこらえている。アレキサンダーも笑いたい。だが、アレキサンダーまで一緒になって笑ってしまっては、ロバートが可哀想だ。
「寝台をもう一つ、入れてやってくれ。そうでもないと、この男は床で寝る」
アレキサンダーの言葉に、町の男達から、様々な野次が飛ぶ。
「王子や姫の手本となれ、というのが家訓の家の生まれだ。お前達の気持ちもわかるが、ロバートには、酷だ」
「王太子様、おっしゃることはごもっともですが、大きな寝台を運び込んだので、もう一つは入らないのです」
町長は申し訳無さそうにしているが、商人の町だ。腹芸ぐらいはこなすだろう。どこまで本当かわからない。
「でしたら、床で十分です」
踵を返そうとしたロバートに町の男達が慌てた。
「わかった、わかった。長椅子なら入る。いまから運び込んでやるから」
「しょうがない堅物だな」
「おまえ、そんなことをしていると、いつまで経っても子供など出来ないぞ」
「まだ、結婚はしておりません」
「似たようなものだろう」
「違います」
一団が騒ぎながら出ていった後、アレキサンダーは、こらえきれずに笑いだしてしまった。
「噂とはいえ、あのロバートが、女を」
女を漁るなどありえないと続けようにも、笑ってしまい言葉が続かない。
「ねぇな」
「ないない。噂なんて、信用ならねぇな」
残った町の男達も笑っていた。
「あれで将来、本当に子供ができるのか」
「そっちのほうが心配だ」
男達が心配するのも無理はない。だが、ロバートは、寝台が一つしないことに焦っていた。
「まぁ、寝台が一つで、あそこまで焦るのだから、その心配はないだろう。私は安心した」
アレキサンダーの言葉に、また、笑いが広がった。
「道中、何度か宿をとった。あの二人を同室にして、一応寝台を二つにしてやったら、ロバートは、ローズを寝かしつけて、機嫌よく寝顔を眺めていたから、逆に心配していた」
ロバートは、ローズが王太子宮に来たばかりの頃、人形遊びのように可愛がっていた。今もまだ、その延長にあるのかと、アレキサンダーは呆れた。男達の言うとおり、将来、本当に二人の間に子供ができるのかと、気になったほどだ。
今度は溜め息がそこかしこできこえた。
「やっぱそうかぁ」
「あの嬢ちゃんが、相手くらいがいいのかもなぁ」
「初だなぁ」
「まさか、知らないとかないよな」
男が卑猥な仕草をした。
「下手な女あいてじゃ、食われちまうな、ありゃ」
「結婚したら、化けるかも知れねぇぞ」
護衛たちが、笑いをこらえるのに必死で、もはや護衛としての役目を果たしていない。少々下品だが、男達の会話は、王太子宮での会話と似ていた。
そのうちに、先程出ていった一団が戻ってきた。
「駄目だったぞ」
「せっかく用意してやっていたのに、ロバートの奴、嬢ちゃんに普通の寝間着着せてやがる」
「つまらないやつだ」
「意味ねぇなぁ、二人きりだろ」
やれやれと言ったふうに、男達はため息を吐いた。
「どうした」
町の男たちの気遣いは、寝台だけではなかったらしい。促したアレキサンダーに、男の一人が大げさに、振り返った。
「どうもこうもありませんよ。王太子様。せっかくの一夜です。素敵な時を過ごしていただきたいと思いましてね。私どもの店の中で、一番こう、なんと申し上げますか、お二人で夜を過ごすのに何より素晴らしい、レースなどを使った一級品を用意させていただいていたのですが」
男は、芝居がかったように肩を落とした。
「普通の寝間着に負けるなど」
野次を飛ばす者、用意したという男を慰める者など様々だ。
「お前たち、ロバートの自制心をすり減らさないでやってくれ。ローズもローズでロバートに甘えたい放題だ。結婚するまで手が出せない立場のロバートが、ときに哀れなほどだ」
ロバートと、ローズの距離はとても近い。ロバートはローズを、婚約前から、抱きしめ、頬や額に口づけ、可愛がっていたのだから仕方ない。
「あまりに隙がない男だ。少しくらい、苦手があってちょうどよい」
部屋に戻ってきたロバートの口調は、常通り丁寧なままだった。だが、アレキサンダーも見たことがないくらい、慌てふためいていて、正直にいえば面白かった。
「まぁ、寝台が一つで大慌てだ。初で面白かったな」
「慌てるのなんて、初めて見たな」
「まぁ、まだ若いからなぁ」
アレキサンダーの言葉に、町の男達も遠慮なく続けた。
「ところで、その特別な寝間着はどうなった」
「部屋にきちんと畳んで置いてありました。嘆かわしいことです」
男は泣き真似を始めてしまった。
「私の部屋に入れておいてくれ」
「殿下の奥方様の寝間着も、一級品を用意しておりますよ。ぜひ、お二人の素晴らしい夜に華を添えることができましたら幸いです」
さすが、商人の町の有力者は抜かりがない。
「それは礼を言わねばならないな。だが、ローズのために用意してくれたものは、そのままだと、ロバートは置いて帰るだろう。私の荷に入れておけばわからない。いずれあの二人の式の夜に使わせてやろう」
男の言葉からさっするに、さぞかし扇情的な寝間着のようだ。初夜、ロバートの反応が楽しみだ。見てみたいが、想像するしか無い。
「おお、さすが、殿下。ぜひ、よろしくお願いいたします」
早速部屋を飛び出そうとした男を、周囲の男達が止めた。
「別に寝ているだけだろう」
「何を言ってるんだ。お嬢ちゃんの寝顔を眺めて楽しんでるって、殿下がおっしゃっただろう。野暮だな。邪魔するんじゃねぇよ」
口々に勝手なことを言い、男達は騒がしい。
「王太子様、もうこのあとは酔っ払っておしまいです。どうぞ、お部屋でお休みください。朝はどうぞごゆっくりお過ごしください。ご予定は昼からにしております」
町長の言葉通りだろう。アレキサンダーは護衛達とともに、部屋に戻った。隣の部屋で、二人がどうしているか、気になるが覗くわけにもいかない。
「まぁ、ゆっくりさせてやるか」
間違いなく二人は、何事もなく一夜を過ごす。朝、ロバートは、いつもどおりローズの髪を整えてやるのだろう。
「朝、ロバートを誂うことができるのは、まだ先だな」
「お二人で夜を過ごすのに何より素晴らしい、レースなどを使った一級品」の寝間着=「ベビードール」です。