8)終わらない事件2
「ローズに会いたいか」
アレキサンダーの声に、わずかにロバートが頷いた。
「私もグレースに会いたい」
ふと漏れたアレキサンダーの言葉に、ロバートの肩が震えた。
「申し訳、ありません」
囁くようなロバートの声にアレキサンダーは呆れた。
「それこそ、お前のせいではないだろうに」
「そのとおりだ。責任感が強いのは良いが、何でもかんでも自分のせいにするのは違うぞ」
アレキサンダーの言葉にも、ハロルドの言葉にも、ロバートは答えなかった。
「頑固者」
ハロルドは悪態をつくと、ロバートの頭を乱暴になでた。
「お前はその硬い頭を、ローズ嬢ちゃんに治してもらえ。全く」
相変わらず俯いたまま、顔をあげようとしないロバートに、アレキサンダーとハロルドは顔を見合わせた。
「とにかく、お前は疲れ過ぎだ。今日は休め」
「ハロルドの言うとおりだ」
二人の言葉にロバートが顔を上げた。頬が痩け、隈が目立つ、窶れた青白い顔に、緑と榛色を混ぜた瞳だけが生気を放っている。
「しかし、まだ」
「執務室で倒れられたら、俺の腕が疑われる」
ハロルドは、ロバートに布を差し出した。
「それは、あなたの責任では」
おとなしく布を受け取り、顔を拭いたロバートだが、ハロルドの言うことには、反論した。
「自分の責任ではないのに、自分を責めるお前が言うことか」
アレキサンダーは、ロバートを無理やり寝台に押し倒した。
「アレキサンダー様!」
ロバートが抗議するが、アレキサンダーは退かずにいた。普段のロバートであれば、逃れることは可能だ。そもそもアレキサンダーが、ロバートを押し倒すことなどできない。
「お前は自分の不調を知れ」
アレキサンダーの言葉に、ロバートが顔を歪めた。
「私一人、押しのけることが出来ないお前が、執務室にいて、どうやって私を警護する。休め」
アレキサンダーが起き上がっても、ロバートは、寝台に身を預けたままだった。
「俺はここに残りますよ」
「任せた」
部屋を出ようとしたアレキサンダーの背に、ロバートの声が聞こえた。
「夢を見たくない」
振り返ると、ロバートが、両手で顔を覆っていた。
「わかった。夢もみないくらいよく眠れる薬湯を用意してやる。だから、それを飲んで休め。なんなら、魘されていたら起こしてやる。薬湯を用意している間、部屋にいろよ。薬湯をもって、お前を探し回るなんて、俺は嫌だ。約束だ。いいな」
ハロルドが、横たわるロバートの頭を撫でていた。
「はい」
アレキサンダーはそのまま黙って部屋を出た。
医者のハロルドと、アレキサンダーとロバートは長い付き合いだ。ハロルドは、父も兄弟も全て騎士だというのに、医者になった変わり者だ。出会った頃は、まだ弟子だった。怪我が絶えなかったロバートに、ハロルドは遠慮なく文句を言いながら治療した。
「お前はもう少し、自分を大切にしろ」
そう繰り返すハロルドに、ロバートは少しずつ気を許すようになっていった。野良猫が懐くみたいで、面白かったとハロルドが言っていたことは、秘密だ。
アレキサンダーは、ロバートを今日一日、ハロルドに任せることにした。今日中に、使いを出せば、明日か明後日にはローズを連れてくることができるだろう。
ロバートは、頼りになるのに、手のかかる乳兄弟だ。ロバートの不調には、ローズが一番の妙薬だろう。フレデリックもサンドラに会いたいと言っていたから、フレデリックに迎えにいかせたら丁度いい。
アレキサンダーは、調べれば調べるほど増えていく書類が待つ執務室に戻った。
アレキサンダーとロバートが、ハロルドと出会った頃は、幕間 王太子と乳兄弟(王太子アレキサンダーの視察)です
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