7)終わらない事件1
早朝の庭で、王太子宮を離れても続けていた、いつもどおりの鍛錬中に重い音がした。
「ロバート!」
エリックの声に振り返ると、地面に倒れ伏したロバートがいた。
「何事だ」
「わかりません。倒れました」
そう言いながら、エリックはロバートを助け起こし、日陰へ移動させた。誰かが水をロバートの頭からかけた。
「ロバート」
アレキサンダーは、ロバートのこけた頬を軽く叩いた。
「アレキサンダー様」
目を開いたロバートに、アレキサンダーが安堵したのも束の間だった。立ち上がろうとしたロバートが、膝をついた。顔から血の気が引いていた。
アレキサンダーも、ロバートが無理を重ねていることには気づいていた。ロバートは、人に弱みを見せることを嫌う。それは、相手がアレキサンダーであっても同じだ。気づかぬふりをしてやっていたが、無理にでも休ませておけばよかったと後悔した。ロバートが、倒れるほどに無理をしているとは思っていなかった。
「ハロルドのところにつれていけ、いや、部屋で休ませろ。ハロルドに知らせてこい」
「はい」
両脇からロバートを抱え上げたエリックとフレデリックは、ロバートに有無を言わさず部屋へと連れて行った。
外よりも暗い室内で、ロバートの顔色の白さは、余計に際立っていた。
「ロバート、どうした。倒れるなんて、お前らしくない」
ロバートは、ハロルドの言葉に答えなかった。寝台に腰掛けたまま、ただ俯いて口を噤んでいる。
「言いたくないか」
ロバートが僅かに頷いた。
「だがな、お前は、お前が倒れて周りが心配しているのはわかるだろう」
ロバートは何も答えない。
アレキサンダーにとっても、久しぶりの光景だった。こうなってしまったロバートの口を割らせるのは本当に難しい。ロバートは、子供の頃から頑固だ。
ローズが来てから、こんなことは減っていた。小姓達は、ローズがいるとロバートが怖くないと言っている。ローズは猛獣使いのようだとグレースと大笑いした。そのアレキサンダー自身が、ローズに頼りたくなっていた。結局はアレキサンダー自身、ロバートが扱いにくい今、ローズに頼りたかった。
「ローズか」
アレキサンダーの言葉に、ロバートが一瞬息を吐いた。
「人払いだ。ハロルドは残れ」
「はい」
アレキサンダーは、周囲に人が居なくなるのを待った。
「何があった」
アレキサンダーの言葉にも、ロバートの沈黙が続く。待っている側からは長いが、ここで問い詰めるとますますロバートは何も言わなくなってしまう。アレキサンダーはただひたすら待っていた。
「夢を見るのです」
長い沈黙のあと、ようやくロバートが口を開いた。ロバートの拳は、硬く握られていた。
「ローズが」
たったの一言だが、口にするのもやっとなのか、言葉が続かない。
「冷たくなって、戻ってきて、戻ってきたのに、もう何も、言わなく、なって、名を叫んで、目が、覚めて」
切れ切れで掠れた声は、さらに小さくなり消えてしまった。
「そうか」
アレキサンダーは、隣に座りロバートの肩を抱いた。
「辛いことをさせたな」
ローズを連れた奴隷商人達を、ロバートが率いる影の部隊が追っていた。ローズ一人くらい、いつでも助けることができた。だが、ローズに危害が加えられていなかったことから、奴隷市場の場所をあきらかにするため、そのまま追うようにと命じたのはアレキサンダーだ。
ローズを喪うかもしれないというロバートの恐怖はどれほどのものだったろう。それも、馬で駆ければいつでも追いつき、ローズを助けられる場所にいながら、その恐れに耐えていたのだ。
アリアが亡くなった時、最初に見つけたのはロバートだ。冷たく、動かない母親の死体の記憶が蘇ったとしても無理はない。
ロバートは静かに首を振った。
「私も、決めたことです。奴隷市場の場所を突き止めるには、必要なことでした」
かすれた声が、静かに部屋に落ちていく。
「ローズも、わかっていたと、言いました。私は、守ると、言ったのに、ローズに、約束したのに」
すすり泣くような声に、アレキサンダーはロバートの肩を抱く腕に力を込めた。
「それなのに、ローズは、約束を破ったと、謝罪をグレース様に、伝言を」
「お前のせいではない」
「ローズを、危険な目に、あわせて、しまった」
掠れた声とともに、ロバートの涙が床に落ちていく。
「それは私も同じだ。ロバート。お前のせいではない」
「ローズは、わかっていたと、きっと助けに来てくれると、思っていたといって」
「そうか」
「私は、ローズを、囮に、したようなもの。守ると、言ったのに」
ロバートは責任感が強い。強すぎるといっていい。ローズに責められなかったことで、余計に自責の念が強くなったのだろう。だが、今回の件は、ロバートの責任ではない。
アレキサンダーは、ロバートにお前のせいではないと、何度言ったか、もうわからない。これは、ローズに任せるしかなさそうだった。




