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6)ここにいるべきではない男

 まさかとは思うが、それらしい人物がいる。最初に気づいたのは、ローズを追っていたヴィクターだった。


 報告を受け、ローズを追うために集めていた影の一部を、確認のために王都に戻さざるを得なかった。手勢を減らすことになった当時を思い出すと、未だに苛立ちが蘇ってくる。ロバートは目の前の男を黙って見下ろしていた。


「間違いないか」

「はい」

捕らえた人物を前にしたアレキサンダーの言葉に、確認のためにやってきた男が答えた。


「ハミルトン様。お探し申し上げておりました。またも、国境を越えライティーザにおられるとは。用心棒などに、身を(やつ)すなど、嘆かわしい」

リラツの貴族であり、ロバートと同じ始祖を持つジュードは、さも口惜しいと言わんばかりだった。


「知らん」

猿轡を外された男は、ジュードを睨んだ後、あらぬ方向をむいた。


「では、人違いですか」

ロバートの冷え切った声に宿る冷たさに、アレキサンダーは気づいた。

「人違いだ」

「いいえ、あなたはハミルトン様でいらっしゃいます」

「リラツの第三王子なんぞ知るか」


 縛られたままの男の言葉に、アレキサンダーは呆れた。

「ハミルトンがどこかの王子だとは、どなたもおっしゃっておられません」

ロバートの言葉に、男は舌打ちで答えた。


「人違いであればそれでよろしいのです。あなたは奴隷商人に用心棒として雇われ、彼らの所業に協力していた。ライティーザの法に定める通り、罪人として厳罰に処します」

ロバートの淡々とした言葉が、部屋に響いた。

「おい、どういうことだ」

「死罪です」

焦って叫ぶ男に、ロバートは変わらぬ事務的な口調で続けた。


「何を、いかに、我ら狼の一族の長であられるとはいえ、リラツの王族です。死罪など、そんなことになれば」

ジュードが叫んだ。

「ご本人が、リラツ王国第三王子ハミルトン様ではないとおっしゃっておられるのです。他人の空似でしょう。法に基づき裁くのみです」

ロバートは、リラツの貴族が口にした、ライティーザでは覚えている者も少ない、一族の(いにしえ)の呼び名をあえて無視した。


「ロバートの言うとおりだ。本来は、ライティーザの民であれ、リラツの民であれ、法のもとに裁かれる。王族を殺しては、長年のリラツ王国との信頼性が損なわれかねないため、確認した。違うというのであれば問題はない。奴隷売買に関わったのであれば、貴国リラツでも同様のはず。お手を煩わせるまでもない。ご足労頂いたが、貴殿の探し人ではなく残念だ」


 アレキサンダーの合図で、縛られたままの男に、もう一度猿轡が噛まされようとしたときだった。


「待て、待ってくれ。違う。その男、ジュードの言うとおりだ。ジュードは俺の側近だ。俺はリラツの第三王子ハミルトンだ」

死刑を宣告された男は叫んだ。


「証拠は」

叫ぶ男を前にしても、ロバートは表情を変えなかった。

「ない」

「ハミルトン様です。共に育ちました、この私が間違うはずはございません」


 いずれにせよ証拠はない。アレキサンダーは、鉄仮面という二つ名のとおりの無表情を貫くロバートを眺めながら、どう決定すべきか、考えていた。


「ライティーザにいる理由は」

リラツ王国の第三王子ハミルトンは、アレキサンダーの立太子に反対した者たちが、担ぎ出そうとした男だ。


「人を探している。妻と子供、娘のはずだ」

意外な返答に、アレキサンダーとロバートは顔を見合わせた。

「リラツ王国ハミルトン王子が、ご結婚されたというご連絡はいただいておりません」

「リラツを出国した後、ライティーザで暮らした。市井の女と結婚した。子供がもうすぐ生まれるという時に、見つかって、連れ戻された」

ハミルトンだと名乗った男は、歯噛みした。


「何とかライティーザに戻ったが、俺達の部屋にはもう、別の人間が住んでいた。近所の連中に必死で聞いて回った。わかったのは、妻が女の子を生んで子供と共に姿を消したというだけだ。そのうちに、金が尽きた。あとはもう、俺が生きていくだけで精一杯だった」


「それで、奴隷商人の用心棒になった」

沈鬱な雰囲気を、ロバートの感情のこもらない声が裂いた。

「奴隷商売とは知らなかった。だが、金を受け取った以上、契約分だけの仕事をせざるを得なかった」

故国に妻子と引き裂かれたという男の言葉は、虚しく響いた。


「あの子、お前の婚約者、娘が生きていたら、同じくらいの年齢だ。あの子が、もし娘だったらと思った。他人事とは、思えなかった」

ハミルトンの言葉に、ようやくロバートの表情が動いた。

「確かに、その件に関しては、あなたに御礼を申し上げるべきでしょう。ありがとうございました」


 男が、夜ローズの部屋の前に陣取っていたと、ヴィクターから報告を受けている。不埒な行動に出ようとしたものを、売り物に手を出すなと止めていた。


 ハミルトンは、少なくともローズに危害が加えられることを防いでいた。


「ジュード様、リラツの事情をお話しいただきましょうか」

本家当主であるロバートの言葉は、リラツの貴族であっても、一族の一員であるジュードにとっては命令に等しい。


「ハミルトン様が、姿を消されたのも事実です。ライティーザで発見されたことも、その際、身重の女性と一緒におられたことも、その女性をその場に残し、ハミルトン様だけを、リラツにお連れしたことも事実です。王宮までお連れしました。半年もしないうちに、また、脱走され、以降は、ご連絡をいただくまで、足取りはつかめておりませんでした」


 ジュードの言葉に、ハミルトンだと名乗った男が唇を歪めた。

「何が『お連れした』だ。モニカの命が惜しくばと、俺を脅したのは、誰だ。ジュード」

「私です」

「泣いて、俺を追いかけようとしたモニカを付き飛ばしたのは誰だ」

「私です」

ジュードの言葉に僅かにロバートの眉が動いた。


「身重の俺の妻をお前は突き飛ばした。置き去りにした。身重の女がどうやって稼ぐ、どうやって生きていく、お前はモニカを、俺の子を殺そうとした。俺はお前を許さない。ジュード」

縛られたまま、男が叫んだ。

「モニカをどこにやった。子供はどこだ」

「存じ上げません」

「そんなはずはない。お前達のことだ。知らないはずがない。追わないはずがない」

「いいえ。ハミルトン様をリラツへお連れするだけで手一杯でした」

「嘘はよせ。何ヶ月も手が足りないなどありえない。モニカと子供はどこだ」

「存じ上げません」

「下手な嘘だ。ジュードも、他も誰も口を割らないから、俺が探すしか無い。それだけだ。リラツには帰らない。俺の家族はライティーザのどこかにいるモニカと娘だ。リラツにいるのは、俺の家族を奪った奴だ」


 リラツ王国第三王子ハミルトンの怒りのこもった視線を、側近だというジュードは無表情に受け止めていた。


「ハミルトン様。奥方様やご息女を思うお気持ちは承知しました。一度、リラツにお戻りください」 

怒り心頭のハミルトンと、受け流すジュードに、ロバートが割り込んだ。


「なぜだ。わかったというなら」

「リラツ国王陛下にとり、ハミルトン様は第三王子、ご子息でいらっしゃいます」

ロバートは、叫んだハミルトンに最後まで言わせなかった。


「ご息女の身を案じるハミルトン様のように、リラツ国王陛下も、ハミルトン様の身を案じておられるでしょう。一度お戻りくださいませ。ご家族を探されるのであれば、人も資金も必要です。陛下に、その件をご相談なさってはいかがでしょうか。ハミルトン様の父君にとり、ハミルトン様の奥方様は義理の娘であり、ご息女様は孫娘です。一度、お父上にご相談なさいませ」


 ハミルトンは、毒気を抜かれたようにロバートを見つめ、溜息をついた。

「お前の言うことは正しい。狼の当主。だが、こうしている今も、モニカも娘も、苦しんでいるのかも知れないと思うと、俺だけのうのうと、リラツに戻る気になれない。俺が覚えているのは、突き飛ばされて、地面に倒れて泣いていたモニカだ。優しい女だ。どこかでまた泣いているかと思うと、会ったこともない娘はどうしているか、生きているのか、死んだのかと思うと、胸の内が焼けるようだ。居ても立ってもいられない」

ロバートは立ち上がり、ハミルトンを縛り付けていた縄を解いた。


「もう一度申し上げます。人探しには、人と資金が必要です。ハミルトン様のご家族を引き離すような命令をくだされた方に、償いを求めてはいかがですか。償いとして、人と資金をご提供いただけましたら、ハミルトン様も、お心強いでしょう」

ロバートの表情は変わらない。リラツ国王に、人と金を出させろというロバートに、ハミルトンとジュードの二人が驚いていた。


 アレキサンダーは、奇抜な提案を平然としたロバートを見た。アレキサンダーは、数日前にロバートに再会した。濃い茶色だった髪の大半が白いことに驚いた。


 ロバートは、婚約者であるローズを、危うく失うところだった。その心労は、アレキサンダーには察することしかできない。ロバートは、家族と引き裂かれたというハミルトンに同情し、それを命じたリラツの国王に手厳しくなったのだろう。


「奥方様が身を隠された時期がわかれば、当該時期の孤児院、救護院、修道院などの記録を調べることも出来ます」

ロバートの言葉に、ハミルトンの目が見開かれた。


「もっと早くに、会うべきだったな」

口惜しげにいうと、ハミルトンは顔を上げた。


「礼を言う。一度はリラツに戻る。だが、私は、妻と娘を探すために、ライティーザに戻ってくる。そのための用意を整えてくる。そのときには、協力してほしい」

「お待ち申し上げております」

ロバートの言葉に、アレキサンダーも頷いた。


「礼を言う」

「感謝申し上げます」

ハミルトンと、ジュードは、それぞれの言葉を残し、去っていった。


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