5)教会の朝
ローズは、泣きつかれてそのまま眠ってしまったらしい。翌朝起きたとき、部屋には誰も居なかった。夕食を食べた記憶もない。用意されていた水で、顔と手を洗った。部屋に着替えとして用意されていたのは、シスター見習いの服だった。
「ローズ、起きた」
そっと扉が開き、サンドラの顔が覗いた。
「ロバートは」
「早朝に、フレデリックと出かけていったわ。アレキサンダー様が、奴隷売買に関わっていた貴族を取り締まるために、近くにいらっしゃっているの。あなたはまだ眠っているから、起きるまで待ってくれっていわれたわ」
「アレキサンダー様が」
「えぇ。ライティーザを建国されたアレキサンダー様のご先祖様が、奴隷売買を禁止なさったそうね。その頃からの因縁だと思うと、すごいわねぇ」
サンドラの言う通り、奴隷売買の取り締まりはライティーザの長年の課題だった。アレキサンダーは、建国の双子王の一人と同じ名だ。同じ名を持つ祖先の悲願を果たすため、南へ自ら足を運んだのだろう。
ロバートの主はアレキサンダーだ。昨日、ロバートは、ローズが泣いている間、ずっと抱きしめて、慰めてくれていた。それなのに、今いないというだけで、ローズはとてつもなく寂しかった。
「名残惜しそうだったわよ。お願いだから、一日だけ、あなたを休ませてやってほしい。慰問は一日待ってくれって、司祭様にお願いして出ていったわ。あなたのことが、相当心配みたいよ。いい旦那じゃない」
「え」
ローズは驚いた。昨日ロバートは、確かに司祭が、一日休んでからの慰問でいいとおっしゃったと言っていたはずだ。ロバートが司祭に頼んだとは、一言も言わなかった。
「貴方達二人共、夕食にこないから、私、様子を見にきたのよ。泣きつかれて眠ったあなたを、ロバート様は、満足そうに眺めておられたわ。お邪魔したら悪いと思ったけど、夕食後も一応確認に来たのよ。この狭い寝台で、貴方をシーツごと抱きしめて幸せそうに寝ておられたから、朝まで放っておいたわ」
サンドラの言葉が意味することに気づいたローズは頬を赤らめた。
「え、だってそんなこと」
「何を慌てているのよ。そんなことで子供は出来ないわよ。知っているでしょう。恥ずかしがってどうするの。昼間、抱きしめられているでしょう。あれの延長じゃない」
「そ、それは、そうだけど、その」
サンドラの指摘にローズはますます頬を赤らめた。
「ほら、ローズ、その服に着替えて、私と一緒に行くわよ。もう、午後の軽食の時間よ」
サンドラに笑いながらも指摘されローズは驚いた。
「え」
「貴方よほど疲れていたのね。司祭様も、あなたがいつまで経っても起きてこないから、ようやくあなたのことを心配する気になったようよ。慰問は明日午後を過ぎてから、少し涼しくなった頃にしましょうって、おっしゃってくださったわ」
「明日、慰問でも、ベールもなにもないわ」
ローズは自分の格好を見た。昨日、着せてもらったセタ達からもらった服だ。これでは、東の民にしか見えない。
「大丈夫、グレース様が持たせてくださったから。『何かあれば、これをローズに着せて聖女様のお通りだと言いなさい。少しは、なんとかなるでしょう』とおっしゃったわ。グレース様も随分と大胆な方ね」
サンドラの言葉に、この場にいない、懐かしい人を思い出しローズは微笑んだ。
昨夜、確かに抱きしめてくれていたロバートが、いないというのが寂しかった。
「ロバートは。疲れてないのかしら」
昨日、ローズを抱きしめてくれたロバートは、記憶にあるより痩せていた。濃い茶色だった髪に、白髪が目立っていた。
「そりゃ、疲れているはずよ?あなたを取り返して、まだ二晩だもの。あなたを追いかけている間中、野営続きの強行軍でも、眠れないって、毎晩火の番をかって出るから、みんな心配していたそうよ。だから、もう、貴方を取り返したから大丈夫、眠って疲れも取れるようになるわよ」
サンドラは、ローズ励まそうとするのか、明るく笑った。
「そんな、無理を」
再会したロバートは、そんな素振りは微塵も見せなかった。無理をして、大丈夫なのだろうか。今、どうしているのだろうか。ロバートに会いたい。サンドラがそばにいてくれても、ローズは心細いままだった。
ローズは胸元に手をやった。
ミランダの真珠の首飾りと、ロバートとローズの瞳の色の宝石が並ぶ婚約指輪、二人が描かれたロケットが指先に触れた。
「さぁ、ローズ、着替えましょう。手伝ってあげるわ。せっかくだから」
ローズの心細さを察してくれたのだろう。
「ありがとう、サンドラ」
さりげないサンドラの優しさが嬉しかった。
「あなたのその服に、ちょっと興味があるのよ」
サンドラは裁縫が得意だ。
「戴き物よ」
「ロバート様から聞いたわ。あとで、見せてね」
そう言いながら、サンドラはローズが脱いだ服を完全に裏返してしまった。
「あぁ、こうなっているのね」
手伝ってくれると言ったサンドラは、服そのものに夢中になってしまっている。サンドラらしい。
ローズはサンドラに抱きついた。大切な人達のところに、帰ってきたのだ。
「あら、ローズ、どうしたの」
サンドラはそういうとローズを抱きしめてくれた。
「あ、ローズ、着替えなきゃ、忘れていたわ」
「サンドラらしくて安心したの。サンドラ、大好き」
サンドラは慌てて服の裏表を直した。
「そうね。ローズ。私もローズが大好きよ。さぁ、着替えましょう、ローズ」
「はい」
サンドラの言葉にローズは満足した。嬉しかった。
「でも、ロバート様の前で、大好きなんて言わないでよ。嫉妬されたくないわ」
溜息まじりのサンドラの忠告にローズは首を傾げた。
「え、でも、サンドラは女の人よ」
「ローズ、あなたの未来の旦那様は、大司祭様が貴方の手を取るだけで、殺気立つような心の狭い男よ。面白がって毎回やる大司祭様も、なかなかのお人柄ですけど」
「え、そんな」
ローズは、大司祭の挨拶にいつも困っていた。貴族の女性に対しての挨拶を、孤児のローズにしようとするのだ。ロバートが、殺気立っているなど知らなかった。
「気づいていないのは、あなただけ」
サンドラの言葉に、ローズは耳まで赤くなった。




