4)教会
隣町の中心部にある聖アリア教会に到着したのは、太陽が地平に沈もうとする頃だった。
「お二人共、ご無事で何よりでした」
王太子宮にいるはずの、フレデリックとサンドラの夫婦が出迎えてくれた。
「ローズ」
「サンドラ」
抱き合って再会を喜ぶ二人に、ロバートとフレデリックは温かい眼差しを向けた。
教会の宿泊施設に泊まるとロバートはローズに告げた。
「アレキサンダー様が視察される場合は、各地の貴族の屋敷や、地元の有力者の屋敷に宿泊されます。今回は私達だけですから、宿泊をお願いすることはできませんでした。大司祭様が、全国の教会に通達を出してくださいました。当面の間は、ローズ、あなたは教会に泊まることになります」
ローズと並んで座っていたロバートは、言葉を切った。
「ローズ、疲れているところを、本当に申し訳ありません。ですが」
「慰問かしら」
大司祭に、聖女ローズとその一行の宿泊を依頼された地方の教会の司祭達が、何を期待するかくらい、ローズにも想像はできる。
「えぇ。明日は一日休んでください。この教会の司祭様もそうおっしゃって下さっています」
「明日からでも大丈夫よ」
ローズを抱きしめたロバートが、苦しそうな顔をしていた。
「いいえ。ローズどうか、無理をしないでください。本当は、もっとゆっくりあなたを休ませて、本当に、私は、あなたを」
ローズの頬に、ロバートの涙が落ちてきた。
「捕らえるためとはいえ、私は、すみません、あなたを、囮に、危険にさらした」
ローズはロバートに向けて手を伸ばした。そっと、ロバートの頭を胸元に抱いた。
「ロバート、あなたのせいではないわ。奴隷売買を取り締まるいい機会だと、私でも思ったもの」
「ですが、私は、あなたを、もっと早く助けられたのに」
「奴隷売買を放置することになるわ。私はあなたにそんなことをして欲しくはないもの。私一人を助けても、意味がないでしょう。きっとあなたが来てくれても、私は逃げなかったと思うの。怖かったけど、摘発するいい機会だってわかっていたもの」
目に涙を溜めたロバートが、何かを言おうとしていたが、言葉にならないらしい。
「マイルズに会ったわ。窓辺に真珠が二つ並べておいてあったわ。きっと気づいてくれていると思っていたの」
ロバートがわずかに頷いた。片手の無いマイルズに出来る芸当ではない。誰かが、ローズに、真珠に気づいていると、知らせようとしたのだ。
「競りの前の日、来てくれたでしょう」
「気づいて」
ロバートの頬に涙が流れた。
「だって、あなたくらい背の高い人なんて、ほとんどいないもの。ロバート、あなたは私を助けてくれたわ」
ローズにも確信はなかった。だが、物陰に立つ背の高い人影はロバートとしか思えなかった。
「きっと助けに来てくれる。だから、なんとかして私も逃げなきゃと思って、競りを見ていたわ。矢が飛んできたとき、ロバート、あなただと思ったの。だから伏せたわ。あなたが矢で、狙っている人を討ちやすいように。怖かったわ。怖かったけど、ロバート、私はあなたを信じたわ。あなたを信じて、信じたとおり、あなたは私を助けてくれたわ」
ローズの頬にも涙が筋を描いた。
「怖かったわ。助けてくれた、助かった、でも、怖かったの」
泣き出したローズを、ロバートが抱きしめてくれた。ただ、互いに抱き合って涙を流した。
ローズは思い切り泣いた。声を上げて泣いた。グレースの身代わりとなると決めたあの日以来の涙だった。
ローズを抱きしめてくれているロバートは、涙を流しながらも慰めるようにローズの頭をなで、背をさすってくれていた。
帰ってきたのだ。この優しい人の腕の中に、ロバートのところに帰ってきたのだ。ローズは、何度目かの思いに身を任せた。




