3)翌朝
翌日、ローズが目を覚ましたとき、天幕には誰も居なかった。外では太陽が高く昇り、影が短くなっていた。昼間だった。
ローズは寝過ごしたことに慌てたが、女達は気にするなというように笑顔だった。女達に手伝ってもらって、ローズは彼女たちの衣装に身を包んだ。各所に刺繍が施された美しい衣装だった。
ティタイトの言葉か、よく似た言語で女達は会話していた。言葉の意味はわからないが、笑顔で褒めてくれているのがわかる。ローズは、笑顔の女性たちに手を引かれて外に出た。
外では、大半の天幕は片付けられ、馬車に積み込まれていた。ローズが起きるまで待っていてくれたのだ。ローズが申し訳ない気持ちになっていると、荷を積み込んでいた一団の中にいたロバートが、駆け寄ってきた。
「ローズ」
聞きたかった声、抱きしめてくれる腕、慣れた匂いに安堵する。
「よく休めたようで良かったです」
「寝過ごしてしまったわ」
「気にする必要はありません。何度か様子を見に天幕に行ったのですが、彼女たちに、追い払われてしまったくらいです。皆、あなたを休ませたかったのでしょう」
ローズは笑った。
「どうしましたか」
「ロバートが、サラが沢山いるみたいって言ったのを思い出したの」
ローズの言葉に、ロバートも笑った。二人でこうして笑えることに幸せを感じた。
「この服、着せてもらったの。でも、どうしたら良いのかしら」
ローズは、女達が着せてくれた服を見た。彼女たちと同じような衣装は、各所に刺繍が施され、手の込んだものだった。
「礼だ。本来なら、そんなものじゃ足りない。俺の親父達の敵をとってくれた」
「奴らは、俺の兄貴の敵でもある」
セタと仲間達の声がした。
「俺が赤ん坊の頃、俺の親父の商隊は、正体不明の連中に襲われた。俺の親父は、赤ん坊だった俺を、姉の背中に括り付け、姉を馬に乗せた。姉は俺を連れて逃げた。大人たちは皆、女や子供をそうやって逃した。親父とは、それっきりだ。襲った連中が、奴隷商人だったことは、ずっと後にわかった。姉が顔を覚えていた。俺のお袋は、逃げ出した奴隷だったそうだ。奴らは復讐に来た」
セタは、清々しい笑顔を浮かべていた。
「俺は親父を覚えていない。だが、仲間の女と子供達を助けた親父達は、俺達の誇りだ。俺達は、親父や兄の敵をとった。ありがとう」
セタは、ローズとロバートの前にひれ伏した。
<我らの永遠の感謝を、あなた方に捧げる>
セタの仲間達も同様に周囲にひれ伏していた。
「セタさん、あの、どうしたの」
ローズは戸惑った。
「御礼を言ってくれています。セタ、感謝はありがたいですが、まだ終わってはいません。彼らを調べ上げなければなりませんから」
ロバートはそう言うと、セタに手をかして立ち上がらせた。セタは笑った。
「ロバート、お前ならやってくれるだろう」
「無論、そのつもりです」
「楽しみにしている」
セタ達は、東に帰るため、去っていった。
ロバートはまた、ローズと馬に乗った。護衛の騎士達も一緒だ。
「捕らえた者たちを裁かねばなりません。保護した方々の身の処遇の問題もあります。レオン様は、南に残ります。アレキサンダー様は、捕らえた貴族の館を差し押さえ、そちらにおられます。あなたのためには、隣町で休むことができる場所を用意しています。今からそこに向かいます」
「はい」
ロバートの言葉に、ローズは自分が寝過ごしたことを思い出した。
「あぁ、ローズ、あなたのせいではありません。実際、騎士達とは、昼頃に合流して出発する予定だったのですから。予定通りです」
「本当に」
「えぇ。あなたを無事に連れて帰らなくては、意味がありませんから」
ローズを抱くロバートの腕の力が強くなった。
「本当に、あなたを危険な目に会わせて、申し訳ありませんでした。ローズ」
自分を責めるかのような苦しげなロバートの声に、ローズは首を振った。
「悪いのは、あの人達と、あの人達に頼んだ貴族の誰かよ。聞いたことがある声だったの」
ローズは、あの日からずっと考えているのだが、どこで聞いたのか、全く思い出せない。だが、知っている声だった。
「ローズ、貴族であなたが声を聞いたことがある人など、人数が限られます。御前会議に出席するような方々くらいでしょう」
「だったら、どなたのお声かくらい、わかると思うの」
「そうでしょうね。あなたは、十二歳頃から四年間、大半の御前会議に出席していましたから」
「聞き覚えがあるという以外に、特徴はありましたか」
ロバートの質問に、ローズは記憶を探った。
「少し若い感じの声だったわ」
「そうですか。御前会議に出席しておられる方々のご令息ではありませんか」
「違うはずよ。もっと別の時、ずっと前に聞いたの」
ローズは、記憶を探りながら、ロバートに身を任せた。
「ロバート」
もっと強く抱きしめてほしい。ローズは、恥ずかしくて言葉に出来なかった。ロバートが少し笑うと、ローズに回された腕の力が強くなった。
「ありがとう」
見つけてくれて、助けてくれた。この場所に、愛おしい人の腕の中に帰ってきた幸せを、ローズは噛み締めていた。




