2)解放
覆面の騎馬集団に続いて天幕に突入してきたのは、ライティーザ王国の騎士達だった。ライティーザの旗と、アーライル家の紋章を描いた旗がひらめいていた。リチャードとセタはいつの間にか居なくなっていた。
騎士達は、市場にいた者たちを次々に捕らえていく。
ローズが死んだ胴元から奪った鍵は、騎士達を率いていたレオンに渡された。
「確かに、お預かりしました」
レオンの言葉を聞いて、ローズは目を閉じた。ロバートの腕の中は安心できる。
「この場は、お任せ下さい。今はローズ様を」
「えぇ。打ち合わせ通りに。戻るまでお願いします」
レオンの言葉に、ロバートが答えたのが聞こえた。
「少し走ります」
ロバートの声に、ローズはただ頷いた。間近で聞こえるロバートの鼓動が懐かしく、安堵した。
「南の貴族は信用できません。ここで待っていてください」
ロバートは、セタ達、馬商人の天幕にローズを預けた。
「ローズ、あんたを見つけたとき、俺は、この世の終わりかと思った」
市場で大喧嘩を繰り広げたはずのセタには、怪我一つ無かった。
「芝居だったからなぁ」
怪我を心配したローズに、セタ達は大笑いした。
笑いながらもセタは、商隊の女性達に、何かを言った。女性たちは、セタや商隊の仲間の妻達だという。女性たちは、ローズを代わる代わる抱きしめてくれた。
「良かった、良かった」
「食事?」
「お茶?」
片言で、精一杯気遣ってくれる。差し出してくれたお茶は温かく、口にするとお茶の味と甘みが口の中に広がった。女性たちの気遣いを感じられるお茶に、ローズの目から涙がこぼれた。
「あーあ、やっぱり泣き虫だ。リゼ、じゃなかったローズ」
聞き覚えがある声がした。マイルズがいた。
「ほら、俺達ちゃんとローズを見つけてたんだよ」
マイルズの手には、真珠があった。
「マイルズ、やっぱり、マイルズだったのね」
ローズはマイルズに抱きついた。
「うわ、だめだよ」
マイルズの慌てた声にローズは離れた。
「ごめんなさい。もう何日も、体を洗ってないわ。汚いわね」
「違うよ」
マイルズは笑った。二人の様子に、周りの女達も笑った。
「まぁ、いいや。ご飯を食べよう。ローズ。ここの人たちの食事は美味しいよ」
ローズは周囲を見渡した。
ロバートも、レオンも、知った人がいない。セタもいなくなっていた。
「ローズ?」
「ロバートは、他の人達も、まだ」
ローズの言葉の意味を、マイルズは察したのだろう。
「大丈夫だよ。帰ってくるよ。奴隷市場の責任者を捕まえて、捕まっている人たちを保護するって、ロバート様は言っておられたから、時間はしばらくかかるだろうけど」
マイルズはそう言うと、セタの妻達から椀を受け取った。
「これとっても美味しいよ。一緒に食べよう。羊のスープだよ。リゼ、ごめん。また間違えた。ローズ」
マイルズに促され、ローズは椀を受け取った。直前のマイルズの言葉に、なにか違和感を覚えたが、それが何かはローズにはわからなかった。
食事以外にも、女達は湯浴みと着替えを用意してくれた。ローズが身を清め、清潔な衣類に身を包んでも、まだ、ロバートは帰ってこなかった。
セタも含めて誰も帰ってこない。何度も天幕の出入り口に目をやるローズに、女達は察したのだろう。
「大丈夫、大丈夫」
「帰る」
そう言ってくれるが、不安なものは不安だった。ロバートの身が心配なのか、知らない女性たちに囲まれ一人が怖いのか、ローズにもわからなかった。
女達は、天幕の一角にローズを座らせると、一枚の布を広げてローズにかけてくれた。身振り手振りで寝るように促す。
ローズがためらいながらも、身を横たえたときだった。馬の嘶きが聞こえてきた。男達が帰ってきたのだ。
天幕の入り口の幕がはねのけられ、黒尽くめの男がはいってきた。
「ロバート」
ローズは飛び起きると、名を呼んでロバートに駆け寄った。
「ローズ」
ロバートが腕を広げたときだった。
女達が、かなりの剣幕でロバートに詰めより、口々に何かを言い始めた。
「どうしたの」
ローズの言葉にロバートが苦笑した。
「あなたは湯浴みをしてきれいになった。お前は汚い。湯浴みをしてこい、着替えてこいと怒られています」
女達の剣幕は止まらない。
「男の天幕はあちらだから、あちらへ行け。お前の着替えも用意してあるとおっしゃってくださっています。名残惜しいですが、彼女たちの言葉に従ってきます」
ロバートは女達の間を器用にすり抜け、ローズの唇と己のそれをまた重ねた。
「すぐ戻ります。サラが沢山いるようで分が悪いとしか思えません。逆らわないほうがよいでしょう」
ロバートの言葉に、ローズは笑った。確かに女達の優しさは、王太子宮の侍女頭サラに似ていた。二人の口づけに、女達が呆気にとられている間に、ロバートは出ていった。
そのうちに、女達も落ち着いたのだろう。もう一度、ローズを天幕の一角に座らせてくれた。
しばらくして、ロバートはセタと一緒に天幕にやってきた。
「ローズ」
セタ達と同じような衣装に身を包んだロバートの胸にローズは飛び込んだ。
「会いたかった。ローズ。本当に無事で、何日も怖い思いをさせてしまいました。すみません」
ロバートに抱きしめられたまま、ローズは首を振った。
「大丈夫、きっと、見つけてくれているって、わかっていたから」
窓辺の真珠を見たとき、ローズは確信していた。その後、一切動きがないことに、失望しそうになった日もあった。だが、向かう先は奴隷市場だ。
為政者であるアルフレッドとアレキサンダー、彼らに仕えるロバートがどう考えるかくらい、ローズにも予想ができた。ローズを連れた連中の跡をつければ、神出鬼没だった奴隷市場にたどり着く。目的地より手前で、ローズを取り戻そうとすることはないだろう。
きっと、尾行はしているはずだと信じて、目印になることを願って、毎晩窓から一つずつ真珠を落とした。
「見つけてくれている、だからきっと助けに来てくれると思っていたわ。私をつけたら、奴隷市場の場所もわかるから、すぐじゃなくても、きっと助けてくれるって思っていたの」
「あぁ、ローズ、あなたという人は」
ローズが見上げると、ロバートと目があった。そっと身をかがめてくるロバートの口づけを、ローズが受け入れたときだった。
「いや、大した女だな」
セタの声がした。
顔を上げたロバートは、若干不機嫌になっていた。
「ロバート、悪いがここは女の天幕だ。男のお前は、あちらの男の天幕だ」
「セタ、せっかく会えたのですが」
「俺たちの習慣だ。最初に言ったとおりだ」
セタの言葉に、ロバートは渋々ローズを抱く腕をほどいた。
「ローズ、名残惜しいですが、セタ達の天幕ですから、彼らの習慣に従う必要があります。明日朝、また来ます」
ロバートの言葉に、ローズは思わずロバートの服を掴んだ。
「ローズ」
ロバートの言うとおりだということくらい、ローズにもわかる。だが、不安なものは不安だ。
「ローズ、また明日必ず」
ロバートは、もう一度ローズの唇に口づけると、セタと一緒に出ていった。天幕の入り口で名残惜しそうに振り返ったが、セタに促され、女達になにか言われて、出ていってしまった。
女達は、ローズに寝るようにと促してくれた。
ロバートが無事帰ってきたという安堵感からだろうか。体を横たえると、眠くなってきた。ローズは目を閉じた。
周囲でも、女達が思い思いに身を横たえ眠りにつき始めていた。そこかしこから寝息が聞こえてきた。
宿では毎晩、不安でしかなかった。外の廊下に見張りはいた。だが、行く先々の宿で、男達の下卑た視線や、時に投げかけてくる卑猥な言葉は、ローズにとって恐ろしいものだった。彼らがローズに、何をしようとしているかくらいわかる。
廊下から、見張りの男の声や、激しい物音がした夜もあった。ここではそんなことはないだろう。ローズはゆっくりと眠気に身を任せた。




