1)奴隷市
奴隷市の日になった。
禁止されている奴隷売買にもかかわらず、町の郊外に堂々と巨大な天幕が張られていた。
競りが始まった。ずらりと檻がならび、順番に壇上に引き出され、値段がつけられていく。値段がついても奴隷はすぐに引き渡されず、一度檻に戻されていた。ローズは最初から壇上にある檻のなかに一人でいた。
おそらく、本日の目玉商品で、最後の取引なのだろう。ローズは壇上で競りを取り仕切る一団を観察していた。最も偉い、取り仕切っている人物を何とかしたら、勝機はあるはずだ。ローズはずっと競りを見つめていた。
ローズの番になった。小柄な女ということで、体格のよい男に腕を掴まれているだけだ。腕さえ振りほどけば、自由に動けるはずだ。競りを取り仕切る胴元は、男としては小柄だが、恰幅が良かった。腰の鍵をとりあげ、牢を開けることができたら奴隷が逃げ出し市場が混乱するはずだ。
ローズ自身は手ぶらだが、ローズの腕を掴んでいる男の腰には、強く湾曲した短剣があった。男の手を振りほどくことができれば、短剣を奪い取ることができる。胴元の腰の鍵を奪うことができれば、事態を変えられる。ローズは、黙っておとなしく立っていた。
ローズの競りが始まった。
「400」
最初から、他の奴隷の売値の2倍だった。
「480]
聞いたことのある声にローズはそちらに目を向けた。見覚えのある男、リチャードと目が合った。こちらが誰かわかっている様子だった。
「500」
別の声がした。独特の衣装を着た顔に見覚えがあった。セタだ。
「550」
「600」
「610」
「700」
次々と声がかかる。値段を吊り上げてどうするつもりかわからないが、どんどん値段が上がっていく。会場が異様な空気に包まれる。
「720」
「800」
会場がどよめいた。ローズを掴んでいる男の腕が緩んだ。ローズはこれを待っていた。あと少しだ。
「900」
リチャードが顔色一つ変えず値段を吊り上げていく。何か目的があるはずだ。
「920」
セタも譲らない。リチャードとセタの一騎打ちのようになっていた。徐々に値段があがっていく。桁が変わろうとしていた。
「930」
「940」
「1000いや、1100」
桁がかわった。リチャードの大胆な声に、会場がどよめいた。
「さぁ、次はいませんか。1100、1100を超える方」
仲買人が声を上げる。会場の熱気が一段と高まった。興奮したらしい男の腕が緩み、ローズは振りほどこうとしたときだった。
「なんだよ、お前、意気地なし」
甲高い声が響いた。少年がセタを詰っていた。知っている少年だった。ダンだ。
「うるさい、ガキのくせに黙れ」
セタがダンを殴ろうとした手が、近くにいた男に当たった。
「てめぇ何しやがる」
殴り返そうとした男の拳をセタが避けた。当然、別の誰かがその拳の餌食となる。
「貴様、競りを邪魔する気か、腰抜け、かかってこい」
リチャードが離れた場所にいるセタに向かって怒鳴り、腕を振り回した。巻き込まれた誰かが、別の誰かと一緒に倒れた。
「てめぇ。退きやがれ」
「おう、やってやる」
「邪魔だ」
「財布、俺の財布」
「誰だ、俺の足を踏んだやつは」
「どさくさに紛れて、お前、何やってんだ」
「てめぇ、俺の相手をしやがれ」
「てめぇ、スリか」
そこかしこで乱闘が始まった。胴元が、なにか叫んでいるが、乱闘は収まらない。スリも紛れ込んだらしい。お互いの金品の奪いも始まった。財布や、貴金属、金貨が宙を舞う。天幕は、混乱の渦に包まれた。
もう誰も、壇上のことなど気にしていない。ローズは、男の手を振りほどいた。
その瞬間、ローズの腕を掴んでいた男に、矢が突きたっていた。ローズは咄嗟に伏せた。
胴元も立て続けに飛んできた矢の餌食となっていた。ローズは、這って胴元に近づき、倒れた男の腰から奪った短剣で胴元の腰から鍵の束を奪った。
奴隷たちが叫んでいた。ライティーザの言葉と、ミハダルの言葉で、助けてくれと叫んでいる。
ローズが、這ったまま、檻の方に向かおうとしたときだった。
沢山の馬の蹄の音が聞こえてきた。天幕の中に、騎馬の集団がなだれ込んできた。
皆、黒い布で顔を隠していたが、先頭の男が誰か、ローズにはわかった。
男が伸ばしてきた手を、ローズは掴んだ。そのまま馬の上まで引き上げられ、強く抱きしめられた。
「ローズ」
ロバートだった。聞きたかった声だった。
「無事で、良かった」
ローズは、うなずくことしか出来なかった。声が出なかった。
「本当に」
そういったロバートの唇がローズの唇に触れた。
「無事で、良かった、生きていて」
耳元で響くロバートの声が、懐かしかった。
「ずらかるぞ」
リチャードの声がきこえた。




