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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十三章 それぞれの戦い
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19)足止め

 奴隷市場など嫌いだ。奴隷商人など、もっと嫌いだ。

「なぁ、セタ、“霧を晴らす風”、俺も見に行っていいよな」

引き取った少年、ダンの言葉を、“霧を晴らす風”は渋々了承した。

「見るだけだ。絶対に買わないからな」

ライティーザの民は、セタの本名“霧を晴らす風”を発音できない。ライティーザでは、常に、セタと名乗っている。意味のない音だ。


 “霧を晴らす風”は、奴隷市場も奴隷を売買する連中も嫌いだ。“霧を晴らす風”の父は、奴隷商人に殺された。父と仲間の男達は奴隷商人達と戦い、“霧を晴らす風”と姉の“大地を潤す雨”を含めた女子供を逃してくれた。奴らは(かたき)だ。だが、人数が多すぎる。“霧を晴らす風”と、今の仲間だけでは、太刀打ちなど出来ない。


「奴隷は買わない」

「わかってるって」

“霧を晴らす風”の言葉にダンは頷いた。

「若い女がいるって、上玉だって、噂だもん。俺だって見たいよ」

若いと言っても子供のダンよりも年は上だろう。


 噂に想像を膨らませているらしいダンは、仲間たち数人と連れ立って、でかけていった。

「知らねぇからって、気軽なもんだ」

上玉と言われる女が、奴隷として売られた先でどうなるか、ダンは知らないのだろう。哀れに思うが“霧を晴らす風”には何も出来ない。だから嫌なのだ。


 仇討ちも出来ない“霧を晴らす風”は、(かたき)である奴隷商人達など、目に入れたくもない。彼らと同じ風を肌に感じていると思うだけで嫌だ。


「間の悪い」

“霧を晴らす風”の言葉に、事情を知る、当時“霧を晴らす風”と共に逃げた生き残りである商隊の古参達も頷いた。

「ライティーザの、あの二人の主に知らせたら、取り締まってくれるだろうか」


 ライティーザの王太子と、王太子の家臣である背の高い男と、小さな女のことを、“霧を晴らす風”は思い出していた。


 ライティーザでは奴隷の売買を禁止している。取り締まりは厳しく、今まで何人もの奴隷商人達が、捕らえられ、厳罰に処されている。だが、奴隷市場は常に開催されていた。

 

 ライティーザの取り締まりを逃れるため、奴隷市場は常に移動する。どこで開かれるか知っているのは、奴隷商人達だけだ。


 運が悪かった。“霧を晴らす風”の商隊が泊まった町の郊外が、今回の奴隷市場の会場だった。競りは数日後だ。この一帯を治める貴族たちは、奴隷市場に加担している。競りの情報を漏らさないためだろう。町に泊まっていた無関係な者達は、全員足止めされていた。


“霧を晴らす風”の商隊もその一つだ。

「街道を封鎖しやがって、町から出られねえなんて、冗談じゃねぇ」


 数日後に奴隷の競りが行われる。競りの後、奴隷商人達が町を去ってから、“霧を晴らす風”のように無関係な者達が、町を去ることが許される。


 秘密の共有、すなわち、奴隷売買に関われば、奴隷商人達と同じように競りの直後から町を出る事ができる。そのために、奴隷を買う者も少なくない。

「冗談じゃねぇ」

“霧を晴らす風”は、苛立つしかなかった。


 翌々日の奴隷市の開催を前に、町は浮き立っていた。奴隷市場の直前、町は人が増える。奴隷の売買を目的に多数の人が集まるから、町は潤うのだ。スリなどの犯罪も増える。奴隷を買う予定もないのに、長居する町ではない。


 機嫌よくでかけていった一行は、思ったよりも早く帰ってきた。

「どうした」

「“霧を晴らす風”、大変だ。とりあえず一緒に来てくれ」

血相を変えた仲間は、“霧を晴らす風”に、有無を言う間すら与えてくれなかった。


 仲間が指した檻の向こうにいる女の姿に、“霧を晴らす風”は心底驚いた。

「おい、まさか、あの女」

“霧を晴らす風”の言葉に、ダンは頷いた。

「間違いないよ。助けてよ。お願いだ。買ってくれたっていいだろう」


 こんなところに居て良い女ではない。王太子が、側近として育てると目をかけていた女だ。何か、大変なことが起こったのだ。あるいは起こるのかもしれない。


「戻るぞ。町からは出る。天幕を張れ、野営だ」

巻き込まれてはかなわない。“霧を晴らす風”が、仲間にそう伝えた時だった。


「その前に、少しお時間をいただけますか」

“霧を晴らす風”の言葉に答えたのは、この場にいるはずがない、だが、いて当然で、今、最も会いたくない男の声だった。



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