3)男たちの打ち明け話
「ローズ、そろそろあなたは休む時間です」
ロバートの言葉に、すでに眠そうにしていたローズが頷いた。
「一旦失礼いたします」
「失礼いたします。みなさん、今日はありがとうございました」
ロバートとローズは腕を組んだ。ロバートは、アレキサンダーの周囲にいる護衛達に、いくつか指示を出してから退出していった。
町の男たちは、部屋の各所に立ち警護する護衛達にまで、各家庭の自慢の料理を皿に盛り付けて運んでやっていた。聞けば、旨い料理を前に、食べられないなど可哀想だという返事が返ってきた。今までの晩餐会では一度もみたことのない光景だ。護衛達も戸惑っていたが、ロバートが許可し、皆それぞれに料理を楽しんでいた。
「珍しいことばかりだな」
人が多い場所で、ロバートがアレキサンダーの側を離れることは珍しい。ローズを晩餐会に出席させたことなど数えるくらいしかない。参加と言っても、挨拶とその後の少々の式典の後、ローズは必ず退出していた。眠くなるような時間まで、晩餐会にいたことなどない。
この歓待を晩餐会というべきかどうかは、別の問題だ。
「何か、問題でも」
アレキサンダーの声が届いたらしい、町の男が心配そうに声をかけてきた。
「いや、問題はない。逆だ。普段の晩餐会であれば、ロバートは私から離れることなどない。お前達には随分と気を許しているようだな」
アレキサンダーの言葉に、幾人かが気まずそうな顔を浮かべた。
「それが、今だから申し上げますが、最初はそうでもなくて」
「王都から、やたらと目つきの怖い綺麗な人形みたいな男が来たって噂になったほどでした」
「なにせ、何も足りていなかったのです」
「ティタイトに船が沈められた直後で、町の中でもいざこざが絶えなかった頃にいらっしゃったのですが。私どものような、ティタイト生まれの者たちが住むところにまで、少ないはずの物資をもっていらっしゃるものですから、大変に揉めました」
「物資の不足は前の町長達が、嘘を報告していたのが原因でした。でも、そんなことわかったのは、随分あとだったし」
酔いながらも、男たちは神妙な顔で、当時のことを話し始めた。
「食料の不足を見越して買い込んで、高値で売ろうとしていた連中がいました。大量の物資を持ってきたロバートのせいで、目論見がはずれたから、ロバートを目の敵にして、悪い噂を色々振りまきました。そんな話を真に受けて、あとから、俺たちも馬鹿だったなと思いました」
「悪い噂とは何だ」
アレキサンダーの言葉に、男達は気まずそうに顔を見合わせた
「女を漁ったりとか、人攫いとか」
一人の言葉に、周囲が頷いた。
「無いな」
即答したアレキサンダーに、周囲もうなずく。
「実際に町で立っている女や、道端で寝ていた子供に声をかけていました。それで、みな、誤解しました。でも、女達が、病院の下働きの仕事とか、孤児院や教会の仕事とかをくれて、体を売らなくても食べていけるようにしてくれたと、感謝して、あちこちで噂を否定しました」
「親を亡くした子を孤児院に連れて行ったり、親の仕事がなくて、家から追い出された子がいたら、親が仕事できるようにして、子供を育てられるようにしてくれたりしました」
「仕事が無い連中を、墓掘りや荷運びに雇ったり、材木を持ち込んで大工に仕事をくれたり、本当に色々してくれました」
「仕事をして、金を稼いで、食べていくには何がいるのかと、話を聞きに来てくれました」
「この町は商売の町です。でも、商人だけがこの町の住民じゃない。俺たちみたいな職人もいる」
「ティタイトに由来する、私達もいる」
「川の民にも、物資を届けて、当時は限られた物しか無いのに、なぜそんなことを思いました。でも、おかげで今でも川の民と、この町の人間との関係は良好です。だからティタイトとも商売がしやすい」
「俺たちにとっては、何も関係ないのに、疫病で自分も死ぬかもしれないのに、遠くの王都からわざわざやってきて一緒に苦労してくれた人です」
「気を許していただくなど、恐れ多い、恩人です。大恩人です」
「でも、恩人だというと、いつもロバートは、自分は代理だから、全ては王都で色々手配してくださっているアレキサンダー様のおかげだから、アレキサンダー様に感謝なさってくださいといって、なぁ」
男の言葉に周囲が口々に同意した。
「確かに、町のことを俺たちが関わるようになると、ロバートの言うことも正しいとわかるようになりました」
「イサカにいたロバートじゃぁ、国中の貴族から、物資を徴収するなんてできません」
「でも、俺達にとっては、ロバートは恩人です」
「他の人が最初に来たら、今のイサカになっていたとは思えません」
「色々相談して、ロバートに恩を返すなら、ロバートが言う通り、まずは王都でいろいろ折衝してくださった王太子様に感謝して、王太子様がロバートを寄越してくださったことに感謝しようということになりました」
「ですから、王太子殿下、あらためて、町のものを代表して、私達から、御礼申し上げます」
一人の声に続き、全員が立ち上がった。
「ありがとうございました」
酔っていてふらついているものもいるが、男達の感謝の言葉の唱和は、アレキサンダーの胸を打った。
「お前達の感謝は、確かに受けとった。私からも礼を言おう。私の名代であったロバートが世話になった。疫病で荒廃したであろう町を、よくここまで復興させてくれた。ありがとう。これからますますイサカの町が栄えることを期待している」
アレキサンダーの言葉に、男達の歓声があがった。
晩餐会での挨拶は、美辞麗句を連ね、響きも美しいように用意されている。そこに心がこもっているかは別の話だ。
アレキサンダーの心からの言葉だった。