15)真珠
どこかはわからない。町外れの家にローズはいた。
ローズの部屋の外には、常に見張りがいた。いつも部屋は二階だ。窓からなど、ローズには逃げられない。だが、部屋の中で一人というのは大きい。ローズは首元に手を入れ、指先に触れた硬いものを引っ張り出した。
ブレンダの真珠の首飾りだ。
「御武運を」
あの日、ローズに抱きついてきたブレンダは、耳元で囁いた。自らも戦う辺境伯の娘らしい餞別の言葉だと、あのときは思った。指先に、硬いものが触れた時に、思い出した。
ブレンダは、親が娘に真珠の首飾りを贈る意味を、話してくれた。
ブレンダの持ち物だが、あの場でこれをローズの首にかけたのはブレンダだ。
ローズは、真珠の一つを抜き取った。窓から一つ、外に落とした。
建国の英雄、武王マクシミリアンと、その妻、賢妃ソフィアの故事に因んでみたのだ。
ローズが真珠の首飾りを服の下に隠したときだった。
ノックもなく扉が開いた。奴隷商人達は、孤児院育ちで礼儀作法を知らなかった幼い頃のローズよりも、無作法だった。
ローズは“記憶の私”に助けられていたから、教わる機会のなかった彼らと比較しては不公平だと思うが、突然の入室は困る。ブレンダが託してくれた真珠の首飾りをみせたくなかった。
「来い」
ローズは黙ってその言葉に従った。
宿の食堂で、ローズは男達に囲まれ食事をとった。宿の主らしい人物は、男達と顔見知りらしく、当たり障りのない会話をしていた。話に耳を澄ませても、今いる町の名前もわからない。
ローズはただ、黙って食事を口に運んだ。生き延びるためには、食べなければならない。
武王マクシミリアンの妻、ソフィアが誘拐されたとき、マクシミリアンは、ソフィアが、落とした首飾りの真珠を目印に跡をつけ、救出したとブレンダは教えてくれた。
その故事のとおり、アレキサンダーやロバートに近い誰かが、真珠を見つけてくれることを願うしかなかった。
馬車は延々と進んでいく。毎晩、ローズは窓から真珠を一つずつ落としていった。
宿は毎回、町外れの寂れた家屋だった。町中の宿屋には泊まることができない者たちを相手に商売をしているのだろう。下品な視線を浴びることもあった。
ローズの部屋の外には見張りがいた。ときに、誰かを乱暴に追い払っている物音がした。
「俺たちの売り物だ。手を出すんじゃねぇ」
男の言葉の意味することは明白だ。
貴族と言われていた男の言葉の通り、ローズを売るつもりなのだ。見張られている部屋から逃げる方法などローズにはない。仮に逃げ出せたところで、捕まるに決まっている。
真珠の意図に誰かが気づいてくれることを願いながら、ローズは一日一日を過ごしていた。
十日が過ぎたところで、ローズは日数を数えることを止めた。王都から離れていくことを突きつけられ、辛くなり数えることができなくなった。




