14)エリックの決意
エリックは、人の不幸を望むほどに、自らが堕ちていないことに安堵した。
ローズは、ライティーザ王国のため、自らの身を守ることもできないのに、王太子妃グレースの身代わりとなった。ローズは敏い。どんな危険が待ち構えているか、想像できたはずだ。
今もたった一人で恐怖と戦っているローズを案じることが出来ることが、エリックにとっては救いでもあった。ロバートのために、ローズを取り戻すと思えた。あの日、自らの立てた誓いが、己の心のとおりであったと、エリックは、ようやく確信が持てた。
ローズは奇妙な子供だった。
王太子宮に突然現れた、小さな、痩せっぽちの、琥珀色の気の強そうな目をした子供。長い髪がなければ少年のようだった。その髪も、売るために伸ばしていたと聞いて唖然とした。
アレキサンダーが王太子であると、わかっていながら、一切の遠慮なく持論を展開した。
ローズは、無謀で賢く愚かな子供だった。
アレキサンダーを相手に、語気を荒らげ真っ赤になって怒鳴ったかと思ったら、小さな菓子一つに本当に嬉しそうに笑う。重鎮達の議論に一人前に参加するが、大人用の椅子に一人で座れずよじ登ろうとする。椅子をよじ登ろうと、重臣たちに尻を向けたローズを、ロバートが慌てて抱き上げ、座らせていた。人形のように持ち上げられたまま、きょとんとしながら礼を言うローズに、多くの近習が笑わずにいるのに苦労した。
ローズは、気が強く素直でお転婆で行儀の良い子供だった。
アルフレッドは、椅子にわざわざ嵩高なクッションを重ねるように命じた。小さかったローズが絶対に一人で座れないようにしたのだ。足が床に届かないローズは、椅子から降りることもできなくなってしまった。無論、クッションを道連れに、椅子から滑り落ちればいいだけだが、礼儀作法としては問題だ。
ローズは、椅子に座る時も降りる時も、傍らに立つロバートに両手を伸ばして、抱き上げてくれとせがむようになった。ロバートは嫌な顔ひとつせず、ローズを毎回抱き上げてやっていた。
ローズが議論に夢中になり、椅子から落ちそうになる度に、ロバートは支えてやっていた。ローズは、議論を中断し、ロバートに礼を言っていた。
ローズは勝ち気で図々しく礼儀正しい子供だった。
奇妙な子供だった。ロバートは、矛盾だらけの子供、ローズを可愛がった。
長身のロバートが、小さなローズの手を引いて歩く様子に、雛の面倒を見る親鳥のようだと、最初に言ったのはアルフレッドだ。ロバートの、いつもの子供好きの延長だと、エリックも考えていた。
ロバート自身、ずっと妹がほしかったと言い、甲斐甲斐しくローズの面倒を見ていた。
違うと気づいたのは何故だろうか。
ロバートが、ローズは妹代わりだと自らを偽っていると、エリックが気付いたのはいつだったろうか。
同時に、エリックは自分の偽りに気づかされた。エリックはロバートを尊敬しているはずだった。
ロバートは、ずっと誰も愛さなかった。王太子であるアレキサンダーへの忠誠第一だった。仲間だと認めた者達には、ロバートは平等に優しかった。誰かを特別に愛することなどなかった。
エリックは、ロバートの背を預けられる程の信頼を得ているだけで、十分なはずだった。
ロバートが、平等な優しさ以上のものを捧げる相手が現れたことで、エリックは自らへの嘘に気付かされた。エリックは、ロバートから信頼以上のものを、得たかったのだ。
エリックが己の欲していたものに気付いた時は、それが決して手に入らないと知った時でもあった。ロバートの心は、小さなローズに捧げられていた。
ローズは妹だと頑なに言うロバートに、周囲と一緒になって呆れながら、エリックが二人の幸せを願うことが出来るようになるまで、随分かかった。その間、二人の関係は全く進まなかった。押し倒せと繰り返すエドガーを窘めている間に、エリック自身も同じように焦れるようになった。
一度だけ、アレキサンダーに良いのかと問われた。アレキサンダーが、何をどこまで察していたのかは、わからない。
無論ですと答えたエリックには、迷いも嘘偽りもなかった。
並び立つと改めて決意したのだ。
ロバートが、守りたいものを守れるように、彼の背を守ると決めたのだ。その決意が、己の心を偽るものではないことに、エリックは安堵した。




