11)それぞれの事情
「なぜさ」
不躾なサミーの質問に、逆にロバートの殺気が消えた。
「この国、始まって以来の悲願です。建国の双子王の話はご存知ですか」
「当たり前だ」
「では、その奥方様のことは」
「知らねぇ」
南を縄張りとする森の民の大半が首を振った。リチャードの部下には、元は騎士だったものがいる。彼らは知っているようだった。
「武王マクシミリアン様の奥方様が賢妃ソフィア様、賢王アレキサンダー様の奥方様が姫騎士ヴィクトリア様だ」
元は騎士のリチャードが答えた。
「つまりは、武王様は賢王様が賢いと認めた女性と、賢王様は武王様が腕が立つと認めた女性と結婚した」
影の一人が解説した。
「面白れぇなそれ」
明け透けな森の民の言葉に、影達が笑った。
「私達もそう思う」
「お二人は、お互いのために妻を見つけてきたそうだ」
影たちが語る歴史に、森の民が首をかしげた。
「どういうこったい」
「武王様の奥方様は賢王様が、賢王様の奥方様は武王様が、見初めて連れてきたと言われている」
普段は物静かな影たちが、森の民の言葉に、応じてやっていた。
「つまりは、兄ちゃんが弟に、この女がお前の嫁さんだと連れてきて、弟も兄ちゃんに、兄ちゃんの嫁はこの女だとつれてきたと」
「そのとおりだ」
「面白れぇ。双子の王様っていうけど、仲良いなぁ」
森の民達は、腹を抱えて笑い出した。影たちも微笑んでいるらしい。エリックも、森の民に指摘され、初めて面白いと思った。歴史として学んだ時には、唯の史実でしかなかった。
周囲が笑い止んでから、ロバートは続けた。
「えぇ。武王様の奥方様がソフィア様、賢王様の奥方様ヴィクトリア様です。お二人は、一時期、奴隷として囚われ、大変な苦労をされたのです。奥方様達のような苦労をする者がないようにと建国の双子王は願い、奴隷制度を禁止されました。それでも奴隷商売は未だに絶えていません。今までは、末端である奴隷商人を捕らえることしか、出来ていませんでした」
だから、今回、攫われ、奴隷市場へ連れて行かれるローズを救うことができない。ローズを追えば、奴隷市場へたどり着く。今回で、歴史が変わるかもしれない。
囮になっているのがローズでなければ、エリックの気分も相当高揚していた。ロバートも、焦燥に駆られることなく、冷静に部隊を率いていただろう。
「誰も好きで、人買いに家族を売ったりしねぇ」
サミーが言った。
「えぇ。止むに止まれぬ事情がある方もいます。借金も理由の一つです」
今、王太子宮にいるサンドラが、娼婦となった理由も家族の借金だ。あのフレデリックが、サンドラと結婚するなり、夜遊びを止めたのには、エリックも驚いた。
「金を借りて身を持ち崩す者を減らすため、金貸しの利率には、法で定めた上限があります。残念ながら、国全体には浸透していません。法律が知られていません。法律を知らせるためには、読み書き出来る者を増やす必要があります。金利を理解するには、計算が出来る必要があります」
サンドラも、サンドラの両親も読み書き計算は問題なくできた。ただ、法律を知らなかったのだ。法律が存在するだけでなく、機能するための制度を整えなくてはならない。
長い時間がかかるだろう。既にその対策は始まっている。
「王都や周辺の孤児院では、子供たちに読み書き計算を教えています。あの子達が親になったとき、子供を手放さずに、育てていくことができる仕事が出来るようになることを、期待しています」
ローズが孤児院で始めた刺繍の商売は、有名な刺繍の工房となった。工房で働き収入を得ることで春を売らずに済んだ女は多い。商人の娘であるサンドラと針子のメアリは、装飾用のリボンに、色糸やビーズで刺繍したら売れるのではなどと計画していた。貴族はドレスに装飾するが、リボンであれば、取り外しが出来る。裕福な平民が相手なら売れるはずだと意気込んでいた。サンドラとエドガーの妻であるメアリは、仲が良い。二人は違う強さのある女性だ。
「ただ、それには時間がかかります。それまでの間は、取り締まりが、確実な方法です。奴隷商売に関わる者達が、取り締まりの強化で、彼らが他の商売へ鞍替えしてくれたらよいのですが」
奴隷市場は闇の市場だ。非合法である分、貴重な奴隷は高く売れる。危険はあるが、実入りの良い商売だ。取り締まりが、奴隷売買に関わる者が減らない要因の一つとなっている、皮肉な状態が続いていた。




