9)軋轢
ロバートが当初、リチャード達の合流を断った理由の一つは人数だろう。リチャードが率いる森の民のほうが、頭数が多かった。影達は、各地と連絡を取るため、十二人全員が揃うことなど先ず無い。
いくら腕が立っても、圧倒的な人数比では勝ち目など無い。
だが、リチャードは、彼よりも若いロバートに従い、彼の仲間、大半が元部下である森の民にも、それを要求した。
多少の軋轢はあったが、今は全員がロバートの指揮に従っている。
無謀にも挑んできたリチャードの元部下を、ロバートが完膚なきまでに叩きのめしたことも寄与している。
「俺は、お前らが、どこをどうしたら勝てると思ったのかがわからん」
敗れた男たちは、呆れたようなリチャードの言葉に、更に落ち込んでいた。
「すまないね。彼は少々虫の居所が悪い」
「普段なら、もう少し適当に打ち合ってみせて、顔を立てるなり何なりするのだが、困ったものだ」
大人気ない影達は、形だけの謝罪で追い打ちをかけていた。
ロバートだけでなく、影達も虫の居所が悪いと察した森の民達は、おとなしくなった。
森の民、リチャード達には、彼らの情報網があった。
「この先、南の方じゃ、この時期、奴隷市場がある」
「場所は毎回のように変わる。知っているのは奴隷商人だけだろう」
「知られると不味いってんで、街道が封鎖される。まぁ、こっちの道は関係ないけどな。街道から、こっちに流れてくる連中なんて、盗賊に襲ってくれと言っているのと同じさ」
「奴隷商人は、いい鴨だ。なにせ後ろ暗い連中だ。襲ったところで、騎士団に訴え出ない」
「封鎖に巻き込まれる他の商人達は、迷惑がっている」
影達は聞き上手だ。男達から次々と、情報を引き出していった。
「時期が時期だ。あの馬車の向かう方向にあるのは、オリー子爵領だ。今回は、オリー子爵領で奴隷市があるようだな。場所はわかる。毎回同じ森だ」
リチャードの言葉に、森の民たちは頷いた。
「私は、この先を縄張りとしている者と会ってくる」
リチャードは、数名だけを残し、去っていった。
森の民の中にも、互いに縄張りがある。リチャードにとり、このあたりは既に縄張りの外だ。断りをいれずに、他人の縄張りで揉め事を起こしてはならない。
森の民には森の民の決まり事があると、リチャードは言った。
「王都から地方へ派遣されている騎士団と連絡が取りたいのです。奴隷市に踏み込むには、手勢が足りません」
地元の貴族は、奴隷売買に関わっている可能性がある。彼らの手を借りることは出来なかった。各地に、小規模だが、王都から派遣された騎士団が管理している砦がある。砦の間では、伝令が行き交う。
既に王都を出発し、南に向かっているレオンが率いる部隊とも、騎士団を介せば連絡をとることができる。目的地が、おそらくオリー子爵家の領地であることを伝え、落ち合う場所を決める必要があった。
ロバートの言葉に、残っていたリチャードの部下が口を開いた。
「そろそろ街道の封鎖だ。中央から派遣されている騎士団と連絡とるなら、街道はやめておけ。案内してやる」
リチャードの部下の案内で、エリックと影の一人が出発しようとした時だった。
「お前ら、俺達が裏切ると思わないのか」
森の民が言った。
「その言葉は、私が言っても良いと思いますが」
ロバートは、同じ疑問を口にした。リチャードは、仲間を数人連れて行った。結果、今は、影の人数が勝っている。個の勝負では影のほうが強い。明らかに有利なのだ。
「リチャードが居ない今、私達があなた方を皆殺しにするとは、考えませんか」
少々の怪我人は出るかも知れないが、影にはそれが可能だ。
森の民達が、顔を見合わせた。
「また、兵糧だけの生活には戻りたくはないというのが、私達の理由としておきましょうか」
ロバートの言葉で緊張は解けた。
森の中を転々と移動している森の民の煮炊きの道具は、影の野営道具とは比べ物にならないほど充実していた。荷が嵩張るため、機動性には欠ける。だが、追う馬車との距離を一定に保つ今の追跡に、問題になるほどではなかった。
「では、俺達は、お前たちの食い気に助けられたというわけか」
「冗談のつもりだったのですが。目的もなく人を斬るようなことはしません」
ロバートでも冗談を言うのかと思ったのは、エリックだけではないらしい。影達も一様にロバートを見ていた。
「まぁ、俺達もそうだな。それが嫌で、団長についてきた」
森の民は、そんな影の様子には気づいていない。
「では、ダミアン男爵家の」
「昔の話だ。あんな奴に仕えていたなんて、俺の一生の汚点だ」
「俺達の、だよ。離れてみて、最悪の領主だとわかった」
森の民達は、次々とダミアン男爵家の悪行を暴露し始めた。略奪目的の不当な襲撃を命じられたなど信じられない話もあった。
「いずれ詳しくお伺いしたいお話です。ただ、今はそろそろ出発していただきたいのですが」
普段、こういった話を遮ることなどないロバートが出発を促した。ダミアン男爵家の内情を知る機会よりも、ロバートはローズを優先した。アレキサンダーの腹心であるロバートの立場を考慮すると間違った判断だ。
だが、エリックはロバートを非難するつもりはなかった。アレキサンダーに直接仕えるのは、エリックも同じだ。
「あぁ、忘れていた。行くぞ」
案内を買って出た森の民は、リチャードの部下でも、副官か何かだろう。命令口調は、男に馴染んでいた。騎士団に接触するには、顔を隠さねばならない影では難しい。王太子の近習であり伯爵家の一員でもあるエリックが行く必要があった。エリックと男が会話する機会などいくらでもあるだろう。エリックは、離れていてもロバートの補佐だ。エリックが聞き出しておけば良い。
ロバートは影を率いる立場だ。部下である影達が、気遣っているが、どうしても距離がある。
足手まといになっていることを謝罪したエリックに、今の長には、気心の知れた君がいるほうがいい、と影はいった。
予定では数日だ。エリックはロバートと離れることになる。近習であるエリックは、長年、筆頭であるロバートに率いられてきた。アレキサンダーの腹心はロバートだが、ロバートの信頼が最も厚いのは自分だとエリックは自負している。
「行ってまいります」
「はい。良い報告を待っています」
エリックは、いつもどおりのロバートの言葉のあと出発した。




