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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十二章 イサカへの視察
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2)晩餐会

 アレキサンダーは広場での歓待を思い出し、感慨を新たにしていた。

「あぁまで歓待されるとは思わなかった」

「この後も、驚かれると思います。王都の貴族の風習とはかなり異なっておりますから」

ローズの肩を抱いたままのロバートが答えた。


歓迎の晩餐会は、ライティーザの王都周辺のそれとは幾分違ったものだった。ティタイトの風習の影響で、大皿料理から各自取り分けて食べる形式だと説明された。

「絶対に毒など入っていません。何かあれば、ここにいる全員の首を落としていただいて結構です。町の女性たちが作りました。私達の妻や母や娘です。召し上がっていただかないと、全員家に帰れません」

イサカの町長の言い回しは、ロバートがローズを説得するそれに似ていた。


「どこかで聞いたような説得方法だな」

アレキサンダーの言葉に、ローズの肩を抱いたロバートは顔色を変えず、町長が頭をかいた。


町長を含め、歓迎の式典にいる町の者たちの殆どが、ロバートが町にいたころ、一緒に仕事をした仲だという。


「殿下もよくご存知の方が、忙しいのに仕事をどんどん見つけてしまうので、苦労しました。俺達にも仕事をさせてくれないと、家に帰れないといって、皆で仕事を取り上げました」

町長の言葉に、ロバートが顔を背けた。


 ローズの忍び笑いに、町の代表者達の笑い声も続いた。


 アレキサンダーと町長の挨拶のあと、町の男たちは、これも食べろ、あれも食べろと、各自の妻や母や娘の自慢の手料理を次々と持って主賓席にやってきた。


「お前に言われて、昼食は抜いておいて正解だったな」

王都周辺に比べて、薄い味付けは、アレキサンダーの口に馴染んだ王太子宮での料理に似ていた。

「美味だ」

「ロバートが、この町にいたときに、好んでいた味にしたそうです」


 料理をしてくれたという町の女達への礼を、アレキサンダーは頼んだ。このあたりでは夜の宴会は男のもので、客以外の女性は同席しないと教えられた。風習の違いに、ティタイトとの国境の町であることを、アレキサンダーは実感した。


 普段、毒味だ、警護だと、気を張り詰めているロバートも、アレキサンダーの隣で、くつろいだ様子で料理を口に運んでいる。その隣のローズは、料理だけでなく食材も気になるらしく、町の男たちに聞いて困らせている。


「晩餐会をどうしようかと相談したら、ロバートに、別れ際の食事会みたいなのがいいと言われまして、あの、お気に召しましたでしょうか。このあたりでは一般的な方式なのですが、ライティーザの風習とは異なっておりますもので」

町長が恐る恐る聞いてきたのも無理はない。王都での王侯貴族の食事ではありえない形式だ。


「いや、王都を離れ、別の地に来たという感慨があって良いと私は思う。他の貴族がどう思うかはわからないが、ここには(わずら)わしいことを言うものはいない」

「ありがとうございます」

町長が安堵の笑みを浮かべた。


「何より、ロバートが宴会の食事に手を付けるなど、珍しい光景だ」

アレキサンダーの声が聞こえたのだろう。ロバートと目があった。

「何か」

「いや、会食でお前が寛いで食べるなど、めったに見ない」

「そうですね」

「へー、そうなのか」

「なんでだ」


 ロバートの言葉に、周囲にいた男たちの言葉が重なった。町の男たちは、アレキサンダーに挨拶しては、ロバートの周囲に群がり、ローズを褒めそやし、酒がすすむと、椅子を持ってきて、卓も運んできて、主賓席の周辺に陣取っていた。もはや、最初の頃の席順など、完全になし崩しになっている。


「食事に毒を混ぜて暗殺を企むものがいます。毒味となると気をつかいます」

「えー、なんだそれ」

「あぶねぇな」

「いつか死ぬぞそれ。お前こっちにこいよ。俺の家の隣は空き家だ。なんなら俺の家に住むか。部屋はある」


 ロバートの言葉が終わる前に、町の男が囃し立てる。

「そういうわけにはまいりません。アレキサンダー様にお仕えする身です。お気持ちだけありがたく受け取らせていただきます」

「いつでも来いよ」

男の一人がそう言うと、遠慮なくロバートの背を叩いた。


「まぁ」

「驚いたな」

その光景に、今度はローズが声を上げ、アレキサンダーもそれに続いた。

「何か、驚かれるようなことでもございましたか」

酔っているが、町長だけはなんとか丁寧な態度を崩さずにいた。


「あんなことをしたら、ロバートに切られるぞ」

アレキサンダーの言葉に、周囲が爆笑した。男の一人が、もみくちゃにされている。

「何が面白い」


 周囲は事情がわかっていて、自分だけが知らないというのは若干不愉快なものだ。アレキサンダーの言葉に、苦笑しながらロバートが答えた。

「町にきて間もない頃、彼が、私に掴みかかってきたので、とっさに蹴り飛ばしてしまいまして」

ロバートの視線の先には、もみくちゃにされている男がいる。


「無事だったのか」

ロバートの蹴りは鋭い。確実に急所を狙い、威力もあるので相手を骨折させたことも一度や二度ではない。


「この馬鹿、暴力無しの話し合いって言われていたのに」

「ふっとばされて、椅子を倒して」

町の男たちが笑いながらも、必死で当時の状況の説明をしようとしている。

「いやぁ、殿下、いい人を寄越してくれたよ」

先程、ロバートの背を叩いていた男が、アレキサンダーの盃に遠慮なく酒を注ぎはじめた。


「殿下、いい人をたくさん寄越してくださってありがとうございました。殿下のおかげで、俺たちも、俺たちの家族も助かりました。ロバートのあとにも、たくさんのいい人を寄越してくださって、たくさん物もいただきました。本当にありがとうございました」

「ありがとうございました」

男の言葉に周囲の者たちが続いた。


「改めて、礼を言われると嬉しいものだな。私も礼を言おう。私の名代、ロバートが世話になった。ライティーザとともに、このイサカの町が栄えるよう、これからも、ともに歩んでいこうぞ」

アレキサンダーの言葉に、男たちの歓声が続いた。アレキサンダーが慣れた光景とは異なっている。だが、熱気が溢れた男たちにアレキサンダーは自然と微笑むことができた。


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