8)合流
整備された街道の近くには、裏街道とでも言うべき道がある。街道を往来できない事情がある者達がとおる道だ。
裏街道を駆ける騎馬の集団は目立つ。脛に傷がある者ならば、避ける相手だ。
“いる”
影達は、合図だけで情報を伝え合う。部隊を率いるロバートの合図で、一斉に剣を抜き、弓に矢をつがえ、迎え撃つために振り返った。
「待ってくれ」
男の声がした。
「俺だ。リチャードだ」
その声にロバートが武器を下げるように合図した。
「何かを追っている騎馬の集団がいると聞いた。率いている男の特徴が、知った男と似ていたから、来た」
森の民を率いる男が居た。王家の狩場で会った男だ。人数では若干、こちらが劣っている。影達に緊張が走った。
「確かに私はロバート。あなたのことも知っている。先を急ぎますので、これにて失礼します」
関わるつもりはない。ロバートの拒絶は明確だった。
「この道であれば、俺達のほうが詳しい。この先、先回りできる場所もある。何かを追うのであれば、俺達が案内しよう」
リチャードは食い下がった。
「何故」
「息子の恩人だ」
「ご子息は、息災ですか」
「あぁ」
リチャードが微笑んだ。
「案内する。どこへ行きたい」
「追っているのです。この先を走る馬車を追っています。急ぎますから、これにて失礼します。ご子息によろしくお伝えください」
「馬車?ならば進むか」
ロバートの再度の拒絶を、リチャードは無視した。
「あなたの同行を許可した覚えは」
「ついていくさ。連れて行け。俺と俺の仲間はそれなりに役立つぞ。何故、馬車を追っている」
ロバートが語気を荒らげても、リチャードは動じなかった。ダミアン男爵家で、騎士団長だったという経歴は伊達ではないらしい。
リチャードの質問に、暫くの沈黙が続いた。
「あの馬車に、ローズが乗っています。攫われました」
逡巡の後、ロバートは短く答えた。
「なんだって」
リチャードの驚きも無理もない。
「何があった」
「今は、追うときです」
ロバートは、リチャードの質問には答えなかった。出発するという合図に、影達が動いた時だった。
「あぁ。わかった。では行くか」
当然のように言ったリチャードにロバートの眼がつり上がった。
「同行を許可した覚えはありません」
「聖女様は恩人だ。俺に不義理をしろというのか」
結局、ロバートは、リチャードと仲間達の同行を許した。森での生活に慣れた彼らは、野営の時にその本領を発揮した。
各地の騎士団から補充していた携帯食ばかりだった食事が一変した。
「正規軍より、俺達のほうが美味いものを食ってたのか」
リチャードの仲間である森の民の言葉に、リチャードの仲間も影達も笑った。
「食事だけなら、お前たちのほうがよほど良い」
影の言葉に、また笑いが起こった。
「お前ら、その布邪魔じゃねぇのか」
影達は、食事の時も、顔を覆う布を外さない。口元の布だけ器用にずらして食事をする。
「慣れだな」
「誰が誰だかわからん」
リチャードの言葉に、森の民達が頷く。
「大差ない。誰が率いているかが、わかれば良い」
元々、個人を識別されないようにしている覆面だ。誰が誰だかわかってもらっては困る。
「変な奴らだ」
あまりに不躾な森の民の言葉に苦笑が漏れた。
「お互い様だろうに」
「違いない」
互いの辛辣な言葉に、今度は笑いが広がった。
その晩のことだった。
火の番をしようとしたロバートに、リチャードが声をかけた。
「何をやっている」
「火の番です」
ロバートの言葉に、リチャードが首をかしげた。
「休まないのか?あなたはこの部隊を率いているはずだ」
「眠れないのです。同じ起きているならば、火の番でもしたほうがましです」
「そうか」
リチャードはそう言うと、ロバートのすぐ隣に腰を降ろした。
「寝ろ。昼間思ったが、顔色が最悪だ」
「放って置いて下さい」
「心労は察するしか無いが、体を休めるだけでも違う」
リチャードが、座っていたロバートの肩に手をおいた。
「横になっておけ」
「無茶を言わないで下さい」
「率いる者には、率いる責任がある」
やや語気を強めたリチャードを、ロバートは無言でみつめた。
「眠れなくても、体は休めろ。火の番は他の者に交代で当たらせろ。仕事を部下に割り振るのも仕事だ。お前は教わらなかったか。俺はそう教わった」
ロバートはそれ以上何も言わず、肩に置かれたリチャードの手を払い、体を横たえた。本当に、疲れ果てていたのだろう。直に、ロバートの胸がゆっくりと上下を始めた。
「俺には兄がいて、本当に真面目で。いつも思いつめていた。そっくりで、見ていられない」
リチャードの言葉にエリックは、ティズエリー伯爵である異母兄を思い浮かべた。年の離れた兄は、先代の放蕩で困窮していたティズエリー伯爵家を立て直した。
エリックは、お前達を養う余裕はないという兄の言葉に反発するように家を出た。窮状を知っていたが、兄の言葉に腹を立て、見返してやると思い、王太子になったばかりのアレキサンダーに仕えることを選んだ。
他の兄弟姉妹たちも、それぞれに生き方を選び、ティズエリー伯爵家を去った。
残った兄はティズエリー伯爵家を再興させた。数年前に再会した時、記憶にあるより随分と老けた兄は、エリックが王太子宮で立派に努めていることを喜んでくれた。今思えば、兄は一人でティズエリー伯爵家と命運を共にする覚悟だったのだ。
リチャードがロバートに重ねる兄は、今もダミアン男爵家に仕えているのだろうか。ダミアン男爵家には、明らかに問題がある。
「兄上がおられるのですか」
ダミアン男爵家はおそらくは末端だ。黒幕を捉えるために泳がせている。リチャードの兄がもし、リチャードと信条も同じくする人物であれば、協力が期待できる。その協力を功績に、救うこともできる。
「あぁ。おそらく、今も」
やや意気込んだエリックの質問だったが、リチャードの返答は芳しくなかった。リチャードはそれ以上、続けることはなく、立ち去っていった。
ロバートの呼吸が乱れた。目を閉じているが、大きく喘ぎ、手が何かをつかもうかというように動く。エリックも、影たちも、何度も目にした光景だ。だから、誰も、ロバートに眠れと言えない。魘され、苦しむとわかっていて、眠れと言いづらかった。
「ロバート」
エリックの声に、ロバートの目が開いた。数度瞬き、ようやく、周囲の状況が飲み込めたらしい。
「あぁ。エリック、すみません」
「いいえ」
ロバートが謝ることなど無い。大切に慈しんでいたローズを、ロバートは国のために、奴隷商人達の手の内に置いている。日中は長として振る舞うが、そのほころびが夜に現れる。体が悲鳴を上げる。
彫りが深くなり目立つようになった隈だけではない。ロバートの髪に白いものが交じるようになっていた。
「もう少し休まれてはいかがですか」
「しかし」
「何かあれば、先程のように起こします」
魘されていたら、ということはあえて口にしなかった。
「少し、お休みになってください」
エリックの言葉に、ロバートは頷き、また、体を横たえた。ロバートの手は、胸元の何かを握っている。
婚約指輪かロケットか。ロバートは肌見放さず持っている。ヴィクター達からは、奴隷商人達はローズを高く売るため、互いに牽制しあって手を出さないようにしているという報告はうけている。
彼らの金への執着心にかけるしかなかった。




