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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第二十四章 新たなる時代へ
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3)叙爵式

 絢爛豪華な式典を、物陰から、罪人の証である手枷をつけられた男が、見守っていた。かつて、王宮侍従長であったバーナードだ。今は、死刑を待つ罪人の一人でしかない。


 国王アルフレッド、王太子アレキサンダー、王太子妃グレースの前に、二人の人物が跪いていた。

「ライティーザ王国建国の双子王の一人武王マクシミリアン様の子孫、ロバート・マクシミリアン、妻である聖女ローズ・マクシミリアン」


 アルフレッドの声が静かに響く。

「武王マクシミリアン様の子孫は、我ら賢王アレキサンダー様の子孫を陰ながら支え、我らの民のため、時に命がけでこの国の礎を、我らと共に築いてきた。我、アルフレッドは国王として、賢王アレキサンダー様の子孫である我らと、長く共に有り、親子のように兄弟のように生きていた一族の当主と妻に公爵位を授ける。長きにわたる貢献に相応しい地位を、本当にようやく授けることができた。今日は喜ばしい日だ」


 式典用の豪華な衣装に身を包んだロバート・マクシミリアン公爵と、ローズ・マクシミリアン公爵夫人が、割れんばかりの拍手喝采に包まれた。


 バーナードは、流れる涙を拭おうともせず、その光景を見ていた。男の腰に結び付けられた頑丈な紐の端は、その隣に立つ背の高い男、ホレイシオが手に握っていた。


 二人の視線の先には、穏やかに微笑むロバート・マクシミリアン公爵と、ローズ・マクシミリアン公爵夫人がいた。

「我らの歴史が、ライティーザ王国の歴史が、かわる」

物陰に身を潜ませたホレイシオの静かな声に、付き従っていた者達が頷いた。


 王宮侍従長であったバーナードは、涙を流しながら、自身の最期の仕事となった息子と義理の娘の叙爵式を見守っていた。


 ロバートは、自らの叙爵式をバーナードに任せることを渋った。だが、アレキサンダーの補佐としての職務を後任達に引き継ぎ、罪人たちを裁き、没収した資産や領地を整理し、新たに公爵となるための準備にと、ロバートは多忙を極め、式典にまで手を割く余裕などなかった。


 最終的には、アルフレッドが、バーナードに、ヴィクターへの引き継ぎをしつつ、叙爵式を取り仕切るように命じた。ロバートが公爵となり、ヴィクターがアレキサンダーを補佐する以上、引き継ぎが必要だとアルフレッドは指摘した。アルフレッドの決定に、ロバートは逆らわなかった。


 バーナードは罪人となったが、その知識と能力は本物だ。最期の仕事に全力を注ぎ、ヴィクターに己の知る全てを教えた。


「何故、今更になって、僕に教えるのですか。どうしてもっと以前に、ロバート兄様に教えなかったのですか。何故、あなたは一族としての務めを放棄し、ただの王宮侍従長に成り下がったのですか」

質問を装った非難を口にしたヴィクターは、明確な嫌悪を剥き出しにした視線をバーナードに向けていた。ヴィクターは、言葉と視線だけでバーナードを切り裂かんばかりだった。


 ヴィクターには、王宮侍従長という地位よりも、一族であるという矜持のほうが大切なのだろう。ロバートの後任であるヴィクターは、本家に近い血筋のはずだ。本家や本家に近い一族の者達は、分家出身のバーナードとは、根本的な考え方が違うらしい。ヴィクターの視線は、ロバートと初めて会った時に、向けられた視線と同じだった。


 忘れたはずだったあの日のことが、忘れられなくなった。何度も思い出すようになった。

「初めまして。バーナード侍従長殿」

初めて会った時、成人したばかりのロバートは言った。ロバートは、アレキサンダー王子と共に、王都から離れた王領の屋敷で、アリアに育てられた。アリアが亡くなってから数年後、立太子のため王都に戻ってきたアレキサンダーに、ロバートは付き従っていた。


 冷たい視線は、お前など知らない、認めないとバーナードに告げていた。


 最初に釦を掛け違えたのはバーナードだ。幾度も間違いを正す機会はあった。アリアからは何通も手紙が来た。アルフレッドには、妻と子供の顔を見に行くようにと何度も促された。機会を全て無駄にしたのは、バーナード自身だ。


「私が愚かだっただけだ」

バーナードには、そうとしか言いようがなかった。


「一族としての務めを放棄したあなたを、我々は、一族の一員とは認めませんでした。今も認めていない。ですから、あなたは一族が何たるかを知らず、一族の本懐も知らない。仕方ない側面もあったのでしょう。ですが、一族であろうがなかろうが、あなたが為したことは、間違っている。僕は、あなたを許す許さないを論じる立場ではありません。それでもやはり、許せない」

ヴィクターはそれだけ言うと、淡々と仕事に戻った。


 バーナードは、武王マクシミリアンが、一族の始祖であることなど知らなかった。王家に長く仕える使用人の一族だとしか知らなかった。もし知っていたら、何かが変わっていたのだろうか。


「私は愚かだった」

繰り返したバーナードに、ヴィクターの視線が突き刺さった。

「今も、あなたは愚かだと言わざるを得ません。あなたには、他にもやるべきことがあるでしょうに」


 バーナードは、ヴィクターの言わんとすることに、気づかないふりをした。やり残していることから目を背け、バーナードは、己の仕事の仕上げとなる日、最期の仕事の日に、注力した。ヴィクターも、それ以上何も言わなかった。


 今、バーナードの目の前で、最期の仕事、息子ロバートの叙爵式は終わろうとしていた。バーナードは、妻アリアにも、息子ロバートにも、何もしてやらなかった。最期の仕事が、バーナードが息子にしてやれる最初で最後のこととなった。


 華々しい式典は終わった。建国の双子王、喪われたはずの武王マクシミリアンの子孫は実は滅びておらず、尊い血筋をひた隠しにし、賢王アレキサンダーの子孫と、ライティーザ王国を支えていたという美談は、王宮から各地に広まり、その気高い精神を人々は讃えていた。


 父親が何もしてやらなくとも、ロバートは素晴らしい賞賛を手に入れたのだ。少し寂しく、一方で息子を誇らしく思っていたバーナードの高揚感は、大広間を出た途端に霧散した。


 恐ろしいほどの緊迫感が場を支配していた。警護の要員が配置され、物々しい雰囲気に王宮は包まれていた。唖然としたバーナードに、ホレイシオは肩を竦めた。

「当然だ。多くの貴族が一箇所に集まっている。今、何か起これば、この国は瓦解する」


 バーナードは式典を取り仕切ってきた。全て万事滞りなくすすめることに全精力を注いできた。ただ、王宮の警備は、ライティーザ王国の騎士団を束ねるアーライル侯爵に一任してきた。華やかな大広間の外のことなど、知らなかった。バーナードが何か言おうとした頃には、ホレイシオは姿を消していた。


 バーナードはただ一人、罪人の塔にある牢で、己の人生を振り返っていた。幾度となく繰り返してきたことだ。結局、バーナードは何も知らされておらず、何も知らなかった。王宮侍従長としての最期の仕事は終わった時に、己が上っ面しか知らず、驕っていたことに気付かされた。ようやく気づいた自分の愚かさに、バーナードは失笑した。結局全ては、一族の手の内だったのだ。


 ヴィクターは、あなたには、他にもやるべきことがあると言った。あれは、一族なりの、ヴィクターなりの、温情だったのかもしれない。バーナードは溜息を吐いた。


 バーナード一人では、為し得ないことだ。妻アリアにも、息子ロバートにも、バーナード自身としては、結局何もしてやれないまま終わるのだ。鉄格子の向こうに、星空が見えた。




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