9)過去と現在と未来6
早春の今、外の寒さも和らぎつつある。庭で過ごすには、少々寒い。ロバートとローズは温室にいた。
この時期には咲かないはずの花々が温室の中では色とりどりに咲き誇っていた。ロバートは、膝の上にローズを座らせ、長い髪を指で弄んでいた。ジェームズは、二人を見たが、静かに作業を続けていた。
作業を終えたジェームズが立ち去り、二人きりになった温室の一角でロバートはローズのために茶を用意してくれた。花の香りのする王太子宮の紅茶の香りを、ローズは胸いっぱいに吸い込んだ。
「あなたを取り返して、レスター・リヴァルーを片付けたら、全てがもとに戻ると思っていました。あなたと王太子宮殿で、静かに暮らせると思っていました」
静かな温室に、ロバートの声だけが響く。
「それだけで、十分だったのに。どうして今になって」
ロバートの緑と茶が混じった不思議な色の瞳を、ローズは見つめた。
「私達一族の始祖、マクシミリアン様は、私達にとっては大切な誇りです。一族の心の支えです。私達は信じていますが、証拠はありません。あまりに遠い昔ですから、嘘だ、信じられないと言われてしまえばそれまでです。表沙汰になどしたくなかった」
「ロバートの、ご先祖様のことを、聞いていい」
「えぇ。あなたは私の妻ですから。あなたの先祖でもありますよ」
ローズは、ロバートの言葉に微笑んだ。
「ライティーザ王国建国当初、武王マクシミリアン様は、賢王アレキサンダー様とともに王位につかれました。国政はアレキサンダー様が担っておられた。マクシミリアン様は、弟君アレキサンダー様を守るため、アレキサンダー様が治める地の民を守るために戦っておられただけです。それ以上は、望んでおられなかった。ライティーザ王国成立当初は、周辺との争いが絶えませんでした。それ故、武王マクシミリアン様を唯一の国王にという勢力が台頭してきたのです。賢王アレキサンダー様は、統治に優れておられましたが、片足が不自由でいらした。マクシミリアン様を推す者たちは、アレキサンダー様では周辺国に対抗できないと主張した。マクシミリアン様はそんなことは望まれませんでした。彼らはそれを聞き入れず、なんとしてもマクシミリアン様を国王にと主張した」
「マクシミリアン様には、ご迷惑だったことでしょうね」
「えぇ。そんなある日、マクシミリアン様が、とある戦いで、腹心たちとともに亡くなられたという知らせが、王都にいたアレキサンダー様のもとに届きました。アレキサンダー様は大変嘆かれ、国葬をおこない、マクシミリアン様のために、大聖堂を建てました」
ロバートがいたずらっぽく笑った。
「マクシミリアン様という、ライティーザ王国の武力を束ねていた方が亡くなり、各地で反乱が相次ぎ、あるいは隣国が攻め込んできた。生き残っていたマクシミリアン様の腹心達が戦いましたが、相手が多く不利なはずでした。ところが、ライティーザ王国軍は、次々と勝利をしました。武王マクシミリアン様がご存命であらせられたころのように。戦場には、黒い旗印を掲げた集団が示し合わせたように現れ、ライティーザ王国軍とともに戦ったのです」
「黒い旗印の集団って」
「えぇ。実際に示し合わせていたのですよ。ライティーザ王国軍も、黒い旗印の謎の集団も、両方ともマクシミリアン様の部下ですから、共闘など容易です。マクシミリアン様も当然参戦なさった。死を装っておられただけです。戦果をきけば、兄君を喪い気落ちしておられたアレキサンダー様にも、おわかりになります。マクシミリアン様は、自らの喪明け前に、王宮に忍び込み、弟君アレキサンダー様に平謝りだったそうです」
「アレキサンダー様とロバートみたい」
声を抑えて笑うローズに、ロバートも苦笑した。
「私が死んだという噂が流れるようにしたのは、アレキサンダー様です。一緒にしないでください」
「心配したのよ」
ローズが、ロバートの頬を軽くつねった。
「すみません」
ロバートはローズに口づけた。




