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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第23章 王家の揺り籠と始祖
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5)過去と現在と未来2

 大司祭は資料を広げ、一点を指していた。そこには、簡潔に一つの争いと、それを鎮圧した男の名だけが書かれていた。


「歴史に関しては、王宮図書館の司書である古い友人が、協力してくれました。これは典型的な一件です。武王マクシミリアン様の死去の後、当時ファナンと呼ばれていた地方の貴族が、ライティーザ王国からの独立を宣言しました。同時に隣り合った貴族の領地に攻め込み、一族を皆殺しにしてしまった。その直後に、その貴族は突如歴史から消えました。歴史書には、反乱を鎮圧した男が叙爵され、その土地を与えられたという記述があるのみです。その男の出自も、どのようにして鎮圧したのかも、一切記録に無いのです」


「今のバーセア家です」

ロバートの言葉に、大司祭が嬉しそうに頷いた。


「えぇ。当時その地方にあった平原の名バーセアを、後に家名とされた。最初は男爵家でしたが、西のリラツとの国境争いにおける功績で、辺境伯となられた。メイナード様の幼少期の逃避行にも関わっておられたそうですな。このような例がいくつもあり、それらの土地には狼を畏怖する人々がいる。そのうちに私は気づきました。今の時代、良く似た人々がいると」


 大司祭はロバートを見つめた。

「王家の揺り籠、家名なしの一族の本家です。ライティーザ王家に仕え、数々の功績があるにもかかわらず、叙爵を受けるのは、分家のみ。貴族という身分は絶対のはずです。ところが、王家の揺り籠の本家を、貴族である分家は丁重に扱います。特に、当主ほど顕著です。絶対に何か事情があるはずです。おそらくは当主だけが知るような、秘密があると私は考えました」


 大司祭以外は、誰も一言も発しない。大司祭はおどけたように肩を竦めた。

「そこまで突き止めた時、私は何と、大司祭に任ぜられてしまいました。私は残念で仕方なかった。もう、赴任された各地で、歴史や伝承を漁る生活はおしまいだと嘆いたものです。そんなある日、気づきました。聖アリア様は各地を旅された。大司祭である私が、各地を訪れることに何も問題はないはずだと。私は各地を回ることを選びました。訪れた先で、私は土地の歴史を調べ、伝承を記録しました。大司祭という地位は素晴らしい。各地の古老が、その土地だけに伝えられてきた伝承を語ってくれました。教会が秘匿していた資料を見ることも容易になりました」


 大司祭は、ゆっくりと椅子に座った。

「弁を振るうと疲れますな。もう若くはない証拠です」


「お一人でよく、それだけ調べましたね」

ヴィクターの言葉に、大司祭は微笑んだ。

「一人ではないのですよ。歴史を志した私の友人であり王宮の図書館の司書である男が、歴史の詳細を本当によく調べてくれました。伝承と歴史を重ね合わせると、面白い事が見えてくるものです。結果、私は新たな仮説を立てました」


 一息ついた大司祭が、大きく胸を張った。

「王家の揺り籠、家名なしの一族こそが、狼だと。狼の伝承がある地域は、建国当初のライティーザ王国の国境の範囲内にほとんどが集中しています。せいぜい、建国数十年、二代目か三代目の国王陛下の時代の国境までです。つまり、建国当初から二代目か三代目までの間に、狼が存在した。それ以降に拡大した領土では、狼の伝承はほぼ聞かれません。それこそ、先祖が狼だったなどと語る者は皆無です」


「その頃に、現れたのが、王家の揺り籠だ」

割り込んだアレキサンダーの言葉に、大司祭は機嫌を悪くするどころか、満足げに頷いた。

「流石ですな。アレキサンダー様。ところで、どうやってそれをお調べに」

「調べたのは私ではない。王太子宮の司書だ」

「サイモンですか」

確認するようなロバートの質問に、アレキサンダーは頷いた。

「あぁ。何故お前が先祖代々叙爵を断るのか、それを知るにはお前の先祖を調べたほうが早いと思って調べさせた。相当難儀しているようだが」

「そう簡単に辿れないはずです」

「素晴らしい、ぜひその方にお会いしたい」


身を乗り出した大司祭に、アレキサンダーとロバートは顔を見合わせた。

「サイモンは優秀な司書だ。声が出ない。全て筆談だ。ライティーザの民だが、ミハダルの民と同じ褐色の肌だ。彼に心無いことを言うものもいるが」

「同じ歴史を志すものです。心無いことなど、肌の色など、何の意味が有りましょう。聖アリア様は、肉体は魂の入れ物でしか無いという言葉を遺されました。ぜひお会いしたい」


 立ち上がり案内してくれと言わんばかりの大司祭に、ヴィクターが声をかけた。

「大司祭様。お待ちいただけるのでしたら、私が呼んでまいります」

「ヴィクター、お前は残りなさい。人を使えば良い。ちょうど、聞き耳を立てているのがいる」

ロバートの言葉の直後、扉が乱暴に開いた。

「申し訳有りませんでした。私が行ってきます」

扉を開けた小姓は、一礼すると、勢いよく飛び出していった。


ロバートが頭を抱えた。

「だから、走るなと、何度言えば」

「リックね」

あまりの勢いに、アレキサンダーが顔を確認する間もなかったが、ローズが言うならばそうだろう。

「リックが走るのは行きだけよ。サイモンを無理やり走らせたりはしないわ」

「緊急時以外は走るなと、あれほど」

「リックにとっての緊急だったのよ」

 ローズと普段通りの会話を始めたロバートに、アレキサンダーは少し安堵した。


「誰かの命がかかっているような緊急なら走っていい。ちょっと急ぐだけの緊急なら歩きなさい。とか、区別してあげたらリックもわかるとおもうの。リックは多分、急ぐときは、全部が緊急だと思っているのではないかしら」

「なるほど」

ようやく和らいだ表情を浮かべたロバートが、ローズの頬をそっと撫でた。

「あなたには、助けられてばかりです」

「助けてもらったのは、私の方よ」


 二人は、会えなかった間を埋めるかのように見つめ合った。


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