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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十三章 それぞれの戦い
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5)黒幕

 馬車の中で、ローズはひたすら黙っていた。


 下々の者を相手に、王侯貴族が自ら直接話しかけるなど、まずありえない。近習を介して、言葉を伝えるのみである。貴族の習慣を知ると、自分の扱いは最初から破格だったと思う。


 狼藉者達が何を思ってグレースの一行を襲ったかは不明だ。グレースのティアラを身に着けていたローズを攫った以上、グレースの拉致が目的だったのだろう。


 狼藉者達が、間違いに気づかないように、ローズは、身分が高い人間らしく振舞うことにした。グレース、サラ、ミリアの三人に教えられたとおり、背筋を伸ばし、遠くを見つめ、一言もしゃべらずにいた。

 

 目隠しをされ、馬車から降ろされるとき、王太子宮や王宮で、馬車に乗る時のように手を貸す者がいた。貴人の扱いに慣れた者がいるのだ。


 森には狼藉者が多い。騎士崩れもいる。市街地のはずれに暮らすものにも盗賊は多いから危険だと、ロバートが言っていた。騎士崩れであれば、貴人の扱いに慣れていることも説明できる。


 目隠しをされたローズは黙ったまま、手を引かれて、大きな建物の中を歩いていた。少し黴臭く、湿気て淀んだ空気がまとわりついてきた。


 扉を叩く音に続いて、扉が開いた。ローズがためらうと、男がローズの手を引く力が強くなった。


「そっちか」

男の声がした。

「まぁ、いい。邪魔なのは事実だ。つまらん。売り飛ばせ」

「おい、どういうことだ」

「お前たちは獲物を間違えた。その女も邪魔だから、まぁ、いい。生娘だ。高く売れるぞ」

「報酬は」

「獲物を間違える奴らに、報酬など払えるか」


 ローズは、聞き覚えのある声に必死に記憶を探った。全く思い出せない。だが、知っている。

「けっ、下らねぇ」

誰かが悪態をつき、ローズは部屋の外へと連れ出された。


「戻るぞ。何だ、あいつは。貴族のくせに、ケチくせぇ」

「冗談じゃねぇ」

「お前ら、手出すなよ。生娘だ。高く売ってやる」

「わかってらぁ」

「冗談じゃねぇ」

男達は、口々に不平をいいながらも、誰かの命令に従っていた。


 目隠しをされたまま、ローズは馬車に戻された。誰かもう一人が、馬車に乗り込んできた。誰かは、ローズの目隠しを外してくれた。


 深くフードを被った男だった。顔は見えない。剣を馬車の中でも抜きやすいように、持ち直していた。


 ロバートのようだ。ローズは胸が痛んだ。優しいロバートとの約束を破ってしまった。一人で勝手に決めないと、約束した。だが、あの時、騎士達の怒号にも関わらず、別の馬車の車輪の音が近づいてきていた。


 なにか起ころうとしていて、猶予が無いことはわかった。あの場で、守らねばならないのが誰かは、わかっていた。そのとおりに行動しただけだ。

 

 今日のために、グレースが仕立ててくれた揃いの衣装に、ティアラを身につければ、背丈も髪や瞳の色も違うローズでも身代わりになれると思った。


 グレースは無事なはずだ。


 ローズはただ黙って男を見た。気を落ち着けようと胸元を触ったとき、指先が服の下のなにか硬いものに触れた。ブレンダに抱きつかれたとき、服の中に、なにかが落とし込まれたことがわかっていた。目の前に男がいる今、確かめるわけにはいかない。


 ローズはじっと座って、ただ耐えることにした。

 

 奴隷売買は、ライティーザで禁止されている。だが、人買いも人攫いも、ライティーザで横行している。特に南で問題になっている。王都にもいることはわかっていた。貴族が関わっている可能性も指摘されていた。


 両方とも事実だったことが、先程判明した。知ったところで、今のローズには無駄だ。ロバートやアレキサンダーに伝える方法などない。

 

 聞き覚えのある声の男は、貴族らしい。ローズを攫った男達との会話から察するに、元々の狙いはグレースだったのだろう。

 

 グレースのティアラを被ったとき、ローズは覚悟をした。もう、二度とロバートには会えない。誰にも会えない。王太子宮には戻ることはできない。


 それでも、涙が出そうだった。


 このまま彼らに連れて行かれたら、売り飛ばすと言っていた言葉通り、ミハダルに奴隷として売られるだろう。


 馬車は止まらない。ローズがいつも乗っていた馬車よりも、ひどく揺れる馬車は、相当な速度が出ているようだった。本来、王都を取り囲む城壁から出るとき、全ての馬車は、中を確認されるはずだ。だが、馬車は止まらなかった。


 城壁の守備隊は、買収されているのだろう。


 王都周辺の都市での慰問で、城壁は何度も通っている。守備隊にローズを知るものもいたはずだ。もしかしたら、検問で見つけてもらえるという期待をしたが、甘かった。


 ローズはただ黙って、馬車に座っていた。ローズの足では、男達から逃げられない。走っている馬車から飛び降りるなど狂気の沙汰だ。そもそも、馬車の扉側には、いつでも抜剣できる体勢の男が座っている。


 一人で勝手に行動しないと、ロバートとアレキサンダーに約束した。あのときは、本当にそのつもりだった。今日、馬車の周囲で激しい怒号を聞くまでは、ローズは本当にそのつもりだったのだ。


 ローズは自分の決断が、間違っていたとは思わない。あのとき、他の選択肢はなかった。グレースもソフィアも無事なはずだ。


 ロバートに会いたかった。

 謝りたかった。抱きしめてほしかった。


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