4)報告
「申し上げます。グレース様御一行が、正体不明の馬車に乗った連中に襲われ、ローズが連れ去られました」
近衛騎士の奏上に、空気が凍った。
「グレース様、ソフィア様はご無事で、今、こちらに向かっておられます。襲った馬車は、止める事が出来ませんでした。数名が取り付いておりましたが、詳細は不明です」
近衛騎士が続けた。
「今、何といいましたか」
最初に口を開いたのはロバートだった。
「正体不明の馬車にローズが連れ去られました」
「王都の城門はすべて閉鎖だ。誰も外に出すな」
アレキサンダーが叫んだ。
王太子宮は騒然となった。ローズの追跡、グレースとソフィアの保護のため、騎士達が出発し、各所へ使いが走った。
騎士達に保護され、無事に戻ってきたグレースに、アレキサンダーは安堵した。
「あぁ、アレックス」
「グレース」
グレースを抱きしめたアレキサンダーが、何があったのかと、尋ねようとした時だった。
「いちばんよ!」
ソフィアが叫んだ。喜んで、飛び跳ねている。
「ソフィア様」
ブレンダがソフィアを抱き上げた。
「いちばんよ。ローズが、おとうしゃまにおあいしゅるまで、だまっているの。いちばんよ。ローズはどこ」
無邪気にはしゃぐソフィアに、ロバートは何も言えなかった。
「ローズ様が、アレキサンダー様にお会いするまで黙っている遊びだと、ソフィア様におっしゃったのです」
ブレンダの目が潤んだ。
「ローズ様が、拉致されました。グレース様のティアラを、身に着けて身代わりになられました。首飾りを渡しました。ローズ様は、言い伝えをご存知のはずです」
ロバートは立ち尽くすしかなかった。今にでも取り返しに行きたい。だが、今、どこにいるかわからないローズを、どう追えばいいのか。追跡しているという者達の報告を待つしか無い。
「ロバート、あなたへの伝言があるの。ローズから。約束を破ってごめんなさいと、伝えて欲しいと言っていたわ」
ロバートは、息を呑んだ。何も言えなかった。
そんなことを気にするならば、ローズに、逃げてほしかった。だが、敏いローズが、身勝手なことをするわけがない。
グレースを守るため、己を身代わりにしたローズの判断は正しい。
「グレース様、ソフィア様がご無事で何よりでございました」
ロバートは、そう言うのが精一杯だった。守られねばならぬ二人を、守るため、ローズは正しい行動をしたのだ。
今すぐにでもローズを探しに行きたいが、有事には司令塔でもあるロバートが、王太子宮をあけるわけには行かない。そもそも、むやみに探したところで、人など見つからないのだ。
次の報告は、荷馬車に乗せられて戻ってきたティモシーがもたらした。
「東門です。素通りで、突っ切っていきました」
ティモシーは歯噛みした。
「明らかに怪しい馬車なのに、僕以外にもデヴィッドと、他に二人も馬車にしがみついていたのに。周囲の騒ぎに乗じて素通りでした。僕は、デヴィッドに落とされました」
たまたま通り掛かった荷馬車の男が、馬車から落ちたティモシーに同情し、王太子宮殿まで連れてきてくれたという。
「アレキサンダー様、どうか、お暇をください。ローズを追う許可を」
ロバートは跪いた。
「だが、お前一人でどうやって追う」
ロバートは答えられなかった。アレキサンダーの言うことは、正しい。闇雲に追ったところで見つけることは困難だ。
「聖女の拉致だ。影を使う」
王宮からかけつけたアルフレッドが、決断した。
「一大事だと聞いて、来てみたら驚いた。影を使う。聖女ローズを連れ戻す。ロバート、影はお前が束ねなさい」
「しかし、ローズは」
ロバートは逡巡した。影はライティーザのため、王族のために存在するものだ。ローズは王族でも何でもない。孤児だ。
「大司祭様が認める聖女だ。この国のために救わねばならない」
アルフレッドが微笑んだ。
「行って来い。馬も好きに使え。ソフィアとグレースを救ったローズだ。今度は、我々が救わねばならん」
アレキサンダーが言った。
「ありがとうございます」
ロバートは、一礼すると部屋を出た。続いて出てきたエリックに、ロバートは顔をしかめた。
「アルフレッド様のご命令です」
ロバートよりも、エリックのほうが早かった。
「私は兄の名を使えます」
ティズエリー伯爵家の当主はエリックの異母兄だ。
貴族出身でありながら、表向きに死ぬこと無く影となったエリックであれば、伯爵という権威が使える。
「“屋敷”に向かい、出立の用意を。師匠にここは預けると伝えて下さい」
「かしこまりました」
ロバートの言葉に、エリックが答えた。




