3)見舞い
夏が訪れようとしていた。
「ソフィアを祖母に会わせてやりたいのです」
ある日、グレースがアレキサンダーに願い出た。数日前、アスティングス家から書状が届いたばかりだった。書状には、グレースの祖母の病状が綴られていた。
「可愛がってくれた祖母です。曾孫ソフィアの顔を見せてやりたいのです」
グレースの願いを、アレキサンダーは快く了承した。
「ローズも、ひいおばあさまに、おあいしゅるの」
ローズも一緒がいいというソフィアの願いを、禁止する理由もなかった。グレースとソフィア、ブレンダとローズは馬車に乗り、近衛兵達に警護され出発した。
病床にあるグレースの祖母の負担にならないよう、外出は一日の予定だった。
ソフィアと手遊びしていたローズの耳に、怒号が聞こえた。
「何かしら」
グレースの言葉の直後、馬車が右へと曲がり始めた。ローズは、車輪の音の合間に聞こえる怒号に耳を澄ませた。
「ソフィア様、誰が一番長く黙っていられるか、競争ですよ」
ローズは、ニッコリと笑ってみせた。
「アレキサンダー様にお会いするまで、誰が一番黙っていられるか、競争です。ソフィア様、できますか」
「でちるわ」
新しい遊びにソフィアは笑顔で答えた。
「ソフィア様はグレース様のスカートの中に隠れんぼしましょう。後で、ブレンダ様が見つけてくださいます」
その間にも、外の怒号が大きくなってくる。
「ローズ、いったい」
ローズはグレースの言葉には答えなかった。
「お借りします」
グレースのティアラを取ると、ローズは自ら被った。ブレンダが、ソフィアを床に座らせ、グレースのスカートの中に隠した。
「ローズ、あなた、まさか」
「ロバートに、約束を破ってごめんなさいと言っていたと、伝言をお願いします」
ローズがそういった瞬間、馬車の扉が開いた。
ブレンダが、ローズを庇うように抱きついた。
「退け、女」
乗り込んできた男は、ブレンダを突き飛ばすと、ローズを馬車から担ぎ出した。ローズの頭から落ちたティアラが床に転がり、硬質な音を立てた。
「邪魔だ、退け。この女がどうなってもいいのか」
男達はローズに剣を突きつけ、近衛兵達を牽制しつつ、王太子宮の馬車に横付けされた、真っ黒な馬車に乗って走り去っていった。
一瞬の出来事だった。
その日、王太子妃を乗せた馬車は、誰とも知らぬ者たちに襲われ、近衛兵達が警護していたにもかかわらず、ティアラを身につけていたローズを攫っていったのだ。
王太子妃グレースを狙った拉致は、聖女ローズの拉致事件となった。




