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【完結】マグノリアの花の咲く頃に 第四部  作者: 海堂 岬
第十三章 それぞれの戦い
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2)ローズの転機2

 出発前の早朝、ロバートはローズの髪を梳いてやっていた。

「明日からは、サラにあなたの身支度をお願いしています」

「はい」

鏡に映るローズの顔は浮かないままだった。

「どうしました」

ロバートの言葉に、ローズが視線を上げた。鏡越しに二人の視線が合う。

「夢を見たの」

「夢ですか」 


「“記憶の私”と会ったわ」

ローズの言葉に、ロバートはなんと答えたか迷った。ローズの言う“記憶の私”をロバートは、どう考えるべきか、判断できずにいた。ロバートの相槌がないことを、ローズも予測していたのだろう。悲しげに微笑むと言葉を続けた。


「お別れを言われたの。十六歳おめでとう。大人になったし、大切にしてくれる人もいるから、さようならしましょうって。ずっと、心の中にいてくれた人だから、寂しくて」

ローズの目が潤んだ。


「心の中のお母さんだったの。お別れを言われてから気付いたわ。お礼を言ったつもりだけど、届いたのかわからないの」

ロバートは、そっとローズの頬に口づけた。

「優しいあなたを、心の中で支えてくれた人です。きっとあなたの気持ちは届いているでしょう」

ロバートの言葉に、ローズが頷く。


 ローズにとり“記憶の私”が、大切な存在であることは、ロバートもよくわかっている。ただ、時にローズが無謀な行動をする時、“記憶の私”が関わっていた。ロバートにとり、“記憶の私”は、ローズを支えながらも、時に無茶をさせる油断ならない存在だった。


「シスター長様も、今年の冬、ご病気をされたわ。お元気になられてよかったけれど。心配だわ」

 ロバートは、ローズを抱きしめた。

「グレース孤児院へは、夏前に慰問予定でしたね」

「えぇ」

グレース孤児院のシスター長は、ローズに最初に読み書きを教えた人物だ。ローズにとっての母の一人だ。

「お会いできるのは嬉しいけれど、だんだん小さくなってしまわれて、寂しいの」

ロバートは、ローズを抱きしめる腕に力を込めた。


 幼かったローズの成長は、ローズを育てた人々の老いでもある。

 ロバートにとっても、それは同じだ。

 ロバートが、父であればと願うアルフレッドも老いた。一日でも長く壮健であって欲しい。


 殺してやりたいと思っていた実父バーナードの老いに、自らの手にかけるまでもないとロバートが考えるようになったのは、最近だ。


 師匠は、成人前に一族本家の当主となったロバートを支えてくれた。幼い頃から見上げていた師匠の背丈をロバートが追い越した頃、ロバートは師匠との手合わせで、初めて勝利した。師匠も一族もロバートの成長を喜んでくれた。


 今はロバートが、ヴィクターとアレクサンドラの手合わせの相手を務めてやっている。


「あなたの背丈が伸びたせいもあるでしょうに」

ロバートの冗談めかした言葉に、ローズが笑った。

「ちゃんと大きくなったでしょう」

「そうですね」

小さかったローズは、成長しても小柄なままだ。男性の中でも抜きん出て背の高いロバートと並ぶと、余計に小さく見える。


「その割に、アラン様には、相変わらず持ち上げられてしまうわ」

その時のことを思い出し、ロバートは笑った。アランは、馬車に乗ろうとしたローズに手を貸すはずだった。何を思ったのか、アランはローズが幼いころにしていたように、ローズの両脇に手を入れて軽々と持ち上げて馬車に乗せてしまったのだ。


 王太子宮を出発するときで、周囲には気のおけないものばかりが揃っていた。アランの気が緩んだのかもしれない。アランは大柄な体を縮めて、爆笑の渦の中で恐縮していた。あの日以来、何故かアランは王太子宮に来る度に、肩の左右にソフィアとミランダを担いで庭を散歩するようになった。幼子二人を同時に肩車しているうちに、アランは子供が欲しくなったらしい。ヒューバートと二人、養子を探している。


「アラン様は、その気になれば、私を担いで走るくらいのことは、なさる方ですから」

「そうね。アラン様は、私なら小脇に抱えられるけれど、ヒューバートさんは長いから、肩に担いで走ると、教えてくださったわ」

アランの配偶者ヒューバートは、ロバートと同じ程度の長身だ。ロバートがアランに担がれるような事態は、避けるべきだが、無いとは限らない。アラン・アーライルは、アーライル家の長男だ。万が一を考慮し、ヒューバートを相手に訓練をしているのだろう。


「ローズ、“記憶の私”とお別れをしても、あなたを大切に思う人は沢山います。寂しいでしょうが、寂しいだけではないはずですよ」

「はい」

ロバートの言葉に、ローズが微笑む。孤児のローズに家族はいない。だが、ローズは決して孤独ではない。


 ロバートは、かつて母を喪い、仲間を救えなかった。母を喪った悲しみと、一族を背負う重圧に押しつぶされ、誰も救えなかったことに絶望したロバートを救ってくれたのは、周囲の大人達だった。武に長けた彼らは、言葉巧みではなかった。かつてロバートは、彼らの不器用な優しさに、支えられた。今、ロバートは、ローズを支えてやりたかった。



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