1)ローズの転機1
春、ロバートとローズは、マグノリアの花が咲く、王太子宮の礼拝堂にいた。
二人で並び神に祈りを捧げる。
ロバートは、ローズが祈りを終えるのを待ち、抱きしめた。
「来年です」
ロバートが、何が、といわずとも、ローズは、はにかみ、頬を染めた。
「はい」
来年、ローズが十七歳になる早春、マグノリアの花の咲くこの礼拝堂で結婚しようと約束した。
「十六歳、成人ですね。おめでとう、ローズ」
「ありがとう、ロバート」
結局、ローズの成人の祝いも、二人でこうして礼拝堂に来るというだけで、終わってしまった。
お祝いはいらない。一緒に過ごしてほしい。
去年も、その前もローズは同じことを言った。簡単なようだが、ロバートとローズが二人で過ごすことは、年々難しくなりつつあった。アレキサンダーが地方まで精力的に視察に赴くようになり、王太子宮を不在にするときが増えた。当然、ロバートもアレキサンダーに同行する。
グレースとローズの慰問も増えた。ソフィアがまだ2歳になったばかりで幼いため、王都はグレースが、周辺の町はローズが慰問していた。
二人が過ごせる時間は減り続けていた。
明日から、ロバートは王太子の視察に同行するため、一ヶ月近く王太子宮を留守にする。
「あなたには、アラン様が同行してくださいますから、無理はしないでください」
「はい」
その間に、ローズは二週間ほどかけての慰問だ。遠方への慰問では、必ずアラン・アーライルがローズの警護を担ってくれている。
十六歳になる数ヶ月前から、ローズは御前会議への出席をしていない。アレキサンダーの側近として、王太子の執務の補佐に専念するというのが表向きの理由だ。
実際は、アーライル侯爵とその息子たちアランとレオンからの、これ以上は危険だという奏上が原因だった。
いくつかの貴族が、徒党を組んでローズに危害を加えようとしている可能性がある。可能性だけでは、彼らを司法の場に引きずり出すことは出来ない。決行されれば捕らえる事もできるが、それではローズを救う事ができない。
彼らの奏上が事実であることは、影の報告からも知れた。
ローズは、成人を機に、政の場から、姿を消すことになった。
代わりに、王太子宮では、執務室で王太子の補佐を、王太子宮の外では聖女ローズとしての慰問をしている。
未だにローズ自身は自らを聖女と認めてはいない。
「聖女と名乗るには、未熟な身です。私なりに出来ることを精一杯務めさせていただきます」
少し年老いた聖アリア教会の大司祭は、ローズが何といっても、ローズを聖女の再来と讃えた。
「さすがは聖女様、イサカの町を救い、ティタイトとの和平の道筋をひらいたその功績を誇らず、実に謙虚なお人柄であらせられる。素晴らしい」
聖アリア教会の権威でローズを守ろうとするのか、聖女ローズを見出した大司祭として名を遺したいのか、大司祭の意図はロバートにはわからなかった。
「来年ですなぁ。私もすっかり年を取りました。聖女ローズ様と“王家の揺り籠”ロバート様のご結婚の儀を最後に、後進に席を譲ろうと思います」
そう言って大司祭は微笑んだ。
「後進にということは、辞任なさるのですか。それはまた一体なぜ」
「若い頃から、歴史が好きなのですよ。大司祭として各地を訪れ、ついでといっては何ですが、沢山の資料を見る機会に恵まれました。必死で写し取ったものです。せっかくの資料を整理して、世に送り出すことなく、天の国に旅立つのがあまりに惜しい。山となっている資料を相手にする体力と知力のある間に引退しませんと、間に合いません」
大司祭は、大口を開け豪快に笑った。
「おっとっと。いけません。まだ引退しておりませんでした」
パチリと片目をつぶった大司祭に、ロバートも苦笑した。