5)祖父と偽る男
王都の西の端にある教会と、併設されている孤児院の慰問だった。出発前に、慰問先の教会の司祭は、古典派と名乗る一派の一人だと教えられた。
古典派は、聖アリアのみが聖女であるとして、ローズを聖女として認めていない。自ら地方に赴く大司祭に対しても、聖アリア教会の権威を落とすと批判的だ。
「聖女アリア様は、自ら各地へ足を運ばれた。私はそれに習っているだけですから、私こそが古典派と名乗るべきなのです」
豪快に笑った大司祭は、今回は、ローズに終始同行すると申し出てくれた。
「本日はこのような王都の端にある教会にまで、ようこそおいでくださいました。ローズ様」
教会では、ローズ達一行を、司祭が出迎えてくれた。
「どこにあろうとも、聖アリア教の教会であり、ライティーザの民である子供たちが育つ孤児院であることにはかわりありません。司祭様。お出迎えいただきありがとうございます」
ローズの挨拶に、司祭が皮肉めいた笑みを浮かべた。
「それにしては随分と、近隣の教会に慰問にいらしてから間が空いているようではありますが」
それは事実だ。聖女ローズとしての慰問には、道中の警備も含め、準備が必要だ。各地からの嘆願もある。単なる気まぐれで行き先を決めているわけではない。慰問の背景を察することも出来ない愚かな司祭の些細な嫌味だ。御前会議での、貴族たちやその子弟達の嫌味の応酬のほうが、よほど鋭かった。
「えぇ。私は一人では、行くことが出来る場所には限りがあります。多くの方のお手を借りねば、どこへも行くことが出来ません。それを思うと、古の聖アリア様が、各地へ旅されたことは、本当に素晴らしいことだと、日々尊敬と感謝の念を新たにしております」
聖アリアを褒め称えれば、古典派の司祭は反論できないだろう。
「大司祭様も、お若い頃は、古の聖アリア様に倣い各地を旅されたとか。聖アリア様の御足跡を今に具現するかのような大司祭様の旅も、さぞや御苦労があったのではありませんか」
ローズは、大司祭に話題を向けてみた。
「いえいえ。私の苦労など。聖アリア様の旅路の苦労に比べれば、無きに等しいものでしょう。なにせ当時は、ライティーザは今よりも争い事が多かった時代です」
歴史家でもある大司祭ならではの言葉に、ローズは一つの疑問が湧いた。
「まぁ、そんな恐ろしい時代に、旅をされたのですね。聖アリア様の素晴らしさは、言葉では言い表せませんね」
聖アリアが旅をしたと伝えられている時代は、ライティーザ王国が成立してから、間もない頃だ。そのような時代に女性が旅をするなど危険極まりない。今更ながら、ローズは、聖アリアがどうやって旅をしていたのだろうかと気になった。
「聖アリア様は本当に素晴らしい御方です。我々民に、神のお導きを伝えてくださった」
聖アリアを称えるローズと大司祭に、司祭は気を良くしたらしい。それ以降は嫌味をいうこともなく、案内してくれた。
ローズ達、慰問に訪れた一行が、帰路につこうとしていたときだった。
「リヴァルー伯爵様」
思いがけない人物に、ローズは思わず声をかけてしまった。その瞬間、司祭が身をすくませたのが見えた。
「ローズ、迎えに来たのだよ。私は君の祖父だ。ようやく証言してくれる人が見つかってね。さぁ、一緒に帰ろう」
リヴァルー伯爵の言葉に、ローズは前に大司祭から聞いた話を思い出した。
生まれてすぐに捨てられた赤子と、首が座っていた赤子が、同じ赤子の訳がない。
「違います。伯爵様は勘違いしておられます」
ローズの言葉にも、伯爵は笑顔を浮かべたままだった。
「勘違いではないよ。ローズ。君は、私の娘マーガレットの子供だ。私の孫だ。さぁおいで」
大司祭が伯爵の視線を遮るように、一歩踏み出した。ローズは傍らに立つアレクサンドラに抱きつき、その後ろに隠れた。アレクサンドラは、凡庸な侍女アリスらしく、ゆっくりとローズを庇うように動いた。
「ローズ、おいで」
「いいえ」
ローズは、リヴァルー伯爵を初めて、心底怖いと思った。それまでは、あまり良くない噂が有ると聞いても、実感などなかった。色々教えてくれる優しい祖父のような人だった。
「こちらへ来なさいローズ」
リヴァルー伯爵は笑顔だが、笑っていない。何かが怖い。恐ろしい。
「よその子にはなりません」
ローズはとっさに叫んだ。
悲鳴のようなローズの声に、孤児たちが物陰から飛び出してきた。
「ローズ様、どうしたの」
「司祭様、ローズ様、何があったの」
「この貴族誰だよ」
「あ、大司祭様だ」
「知らない人だよ」
「どちら様ですか」
「叫んだのは誰」
「大司祭様、こんにちは」
子供たちは口々に勝手なことを言う。
「あなた達、お貴族様に失礼ですよ、きちんとご挨拶をなさい」
「おはようございます」
「違うよ、こんにちは、だよ」
「え、ごきげんようだろう。俺、聞いたことあるもん」
「大司祭様に、ご挨拶しなくていいの」
シスター達の言葉に、子供たちがさらに騒がしくなった。
子供たちに取り囲まれたリヴァルー伯爵達の一行が一歩下がったのが見えた。
「ローズ様は、本日の慰問でお疲れでございます」
大司祭が微笑んだ。
ローズがなにか言う前に、大司祭はローズの手を引き走り出した。途中、ローズは騎士たちに持ち上げられ、手際よく馬車に運び込まれ、ローズを乗せた馬車は勢いよく走り出した。
馬車が走り出してから、ローズは、ようやく自分がアリスに化けた、アレクサンドラにしがみついている事に気づいた。
「アリス」
「ローズ姉様」
抱きしめてくれたアレクサンドラの腕の中でローズは、ようやく落ち着いた。
「怖かったわ」
「はい」
「リヴァルー伯爵様が、怖かったわ。今まで怖いことなどなかったのに」
「えぇ。ロバート兄様と、アレキサンダー様に報告しますから、きっともう、ローズ姉様が怖い思いをなさることはありませんわ」
「アリスがアレクサンドラで、側にいてくれてよかったわ」
「そう仰っていただけると、私も嬉しいですわ」
化粧をして印象を変えアリスと名乗っていても、アレクサンドラはロバートの親戚だ。ロバートに良く似た笑顔にローズは少し安心した。
「落ち着かれましたかな。今日は、怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」
ローズにとって、優しい大司祭は、祖父のような父のような人だ。
「大司祭様のせいではありません」
実際、大司祭は盾のようにローズを背後に庇い、ローズの手を引いて真っ先に走ってくれた。
「おそらくあの司祭はなにか知っています」
大司祭の言葉に、ローズは頷いた。
「えぇ。焦っておられましたものね」
「古典派の中では、有力な司祭です。後で問いただしておきます」
大司祭の言葉に、ローズは、子供の頃にアレキサンダーとロバートに教えられた噂を思い出した。
「大司祭様、あの方とお話されるのであれば、早急になさったほうが良いと思います。リヴァルー伯爵様は、お若い頃に、沢山怖い噂があるのです」
大司祭の真っ白な眉毛が大きく動いた。
「わかりました。早急に動くことにしましょう」
大司祭は、馬車の窓から外を走る騎士に合図をした。




