4)師匠2
「結婚しているのに、相変わらずである理由を聞かせてもらおうか。お前も人の子だ。人並みの欲くらいはあるだろうに。なぜ、褥を共にしない。王太子妃の言葉に従っているだけではないだろう」
予告なしに単刀直入に戻った師匠の言葉に、ロバートは赤面した。
「一緒に寝ていますが」
「添い寝だな」
はぐらかそうとしたロバートの言い訳を、師匠は切り捨てた。
「私の身に何かあっても、ローズは一族が本家分家に関わらず守ってくれる。私はそれで十分です」
「私なら、それで十分ではないね」
ロバートは、師匠の家族構成を知っている。結婚は比較的遅かったが、一族にとって喜ばしいことに、子沢山だ。
「左様ですか」
「あの子一人であっても、身重であっても、お前の子を抱いていても、一族はあの子を守る。無論、そんな事にならないほうが良い。だが、万が一のときは、お前の大切な妻と、忘れ形見だ。邪険にする者など、一族には絶対にいない」
師匠の言うとおりであることはわかる。事実ロバートは、屋敷で沢山の大人に囲まれて育った。実の父親であるバーナードとは、一切何の関わりもなかった。その分、育ての父親達には恵まれていたと思う。
だが、子を育てるというのは楽なことではない。ロバートは、母アリアと同じ苦労を、ローズに経験させたくなかった。側にいることも、守ってやることも出来ないのに、忘れ形見の子を育てて欲しいなど、死んだ男の我儘や未練で、まだ若いローズを縛りつけて何になるのだろうか。
母アリアは、バーナードのせいで、離縁も出来なかった。離縁を願う手紙を何度も送ったが、バーナードからは一度も返事がなかった。ロバートは、死んだ後までローズを縛りたくはない。
「母一人子一人です。いくら一族が支えようと、苦労はあるでしょう。赤子だったあの子を、孤児院の前に置き去りにした親を、庇うような優しい子です。ローズに苦労などさせたくない。万が一、私が亡き者となったなら、誰かと添い遂げてほしいのです」
ローズの瞳に、誰か別の男が映ると考えただけで気が狂いそうだ。だが、ロバートが死んだ後であれば、そういった誰かは必要だ。ローズに家族を持たせてやりたい。出来ればロバートが信頼できる者がいい。それが誰か、選定しておくべきかもしれない。だが、自らが生きている今、考えるだけで嫉妬に囚われ、選ぶことなど出来ずにいた。相手の都合もある。
「そのために、枷になるかも知れないお前との子を孕ませるわけにはいかないということか」
師匠の言葉を聞きながら、ロバートは左手首の腕輪に触れた。外れないような太さで作って欲しいというロバートの注文通りの腕輪だ。痩せていた頃、苦労してはめた腕輪は、体力が戻った今、外すことができなくなった。宝石の装飾も細工もない、簡素な腕輪だ。
死んだ後に、ローズとの結婚の証である腕輪を奪われたくなかった。死体から貴重品を盗む盗賊達の気を引かないため、ロバートなりの悪あがきだ。本気で奪うのであれば、死体の手首を切り落としてでも奪うだろう。そんな手間をかける価値がないと思わせる簡素な腕輪の価値は、ロバートだけが知っていればいい。
ロバートが死んだ後、誰かがローズを娶って、幸せにしてやってくれたらよいと思う。ただ、ローズと結婚していたという証拠くらい、死んだあとも手放したくないだけだ。
「ロバート。お前は死ぬ準備ばかりをする。生きる用意をしたらどうだ」
師匠の声に、ロバートは現実に引き戻された。
「生きる用意ですか」
師匠の言葉にロバートは首を傾げた。生きる用意と言われても、何も思いつかなかった。食事も衣類も王太子宮の予算から支給されるのだ。特別贅沢を望まなければ生きることには困らない。
「春には結婚を公にできる。子も成せばいい。名前を考えたのか。生まれてから考えてもいいが、予め考えておかないと、お前の周りが勝手に決めそうだ。結婚を公にしたらどこに暮らす。添い寝している今なら、部屋は今のままでも良いだろうが、夫婦ともなるとそうはいかないだろう」
師匠の言葉をロバートは呆然と聞いていた。
「子供が生まれたら、私にも抱かせてくれ」
呆けていたロバートに、師匠は微笑んだ。
「生きることを考えてくれ、ロバート。遺される誰かのことを思うお前の気持ちもわかるが。お前が案じる者達は皆、お前に生きてほしいと願っている。お前が死んだ後のことを心配して手を打つのはわかる。だが、その前に、生きることを考えてくれ」
師匠の目に涙が光った。
「私はもう、誰にも遺されたくはない。ロバート、私にお前とローズの子を抱かせてくれ。お前は、お前が幸せに生きる未来を考えてくれ」
師匠が、多くの人を見送ってきたことを、ロバートは思い出した。
「はい」
これから、この国の貴族たちの相当数を、相手取ることになる。ロバートは、アレキサンダーの側で、火の粉を払ってきた。これから火元を探り、ケヴィンを使って野心を焚き付け、破滅させるのだ。危険極まりない場に、身を置くことになる。
アレキサンダーを警護できる後継者達を確保できた今が、最適だ。だからこそ、後顧の憂いを断つために手を打ってきた。
「お前は、私達にとって、大切な忘れ形見だ。始祖様から引き継いだお役目は大切だ。だが、私はお前に心から笑って欲しい。お前に家族を、帰る場所を持って欲しい」
ロバートの脳裏に、ローズの笑顔が浮かんだ。帰る場所と言われたら、あの笑顔を向けてくれるローズの隣が良い。
「はい」
「死ぬな、ロバート」
「はい」
確約など出来ない。だが、生きることを考えることは出来る。
「子供が生まれたら、抱いていただくのは構いませんが、名前を決めるのは私達です」
ロバートの言葉に、師匠は目元を光らせたまま笑った。
「それは、アルにも言っておいたほうが良い。楽しそうにいろいろ考えている。屋敷に手配して、お前たちが使っていた服や玩具やら、色々取り寄せてくれないかといわれた。ソフィアは女の子だから、男の子が生まれたら使わせたいそうだ」
師匠の言葉にロバートは首を傾げた。ローズは未だ孕んでもいない。春に結婚してすぐに子供が出来ても、産まれるのはその先だ。
それより前に産まれる予定の赤子はいる。
「グレース様の次の御子が、男子であれば」
「そう、それでお前達の子供が男子ならば、丁度、アレキサンダーとお前の小さい頃のようできっと可愛いだろうと、アルは今から楽しみにしている。アルはお前たちに、たまにしか会えなかったからね。アリアからの手紙は、今でも保管してあるくらいだ。お前も父親になったら、見せてもらうと良い」
師匠の言葉に、ロバートは赤面した。
「幼い頃の忘れたことなど、記録されていると思うと恥ずかしいのですが」
「問題ない。赤子の失敗など、全員似たようなものだ」
師匠の言葉に、ロバートは余計に不安になるしかなかった。
アリアからアルフレッドへ宛てた手紙には、「おてあみ」について書かれているでしょうね。当然他にもいろいろと。
第四部幕間「お手紙」https://ncode.syosetu.com/n8553hg/
(第十四章の頃)




