3)師匠1
一人になれるはずの自室で、ロバートは一人の男と向かい合って座っていた。
「師匠」
何をしに来たと聞きたいが、その質問が墓穴になることくらいわかっている。
「さて、可愛いロバート、お前は何を企んでいる。アルが心配していたよ。何か企んでいるが、またしても一切何も言ってくれないと」
ロバートが墓穴を掘らなくても、師匠は単刀直入だ。だから、敵わないと思う。ロバートは左手首の腕輪に口づけた。ロバートとローズは結婚した。大切な証だ。二人は夫婦だ。夫婦となったが、二人の関係はかわらない。
「アルと私に、お前たちの子供の顔を見せてくれるのはいつだい」
師匠の言葉に、ロバートは答えられなかった。
ローズとは白い結婚だ。十七歳となる春まで手を出すなと言う、グレースの命令に従っているだけではない。
「結婚を公表しないのはわかるよ。変に勘ぐられても困るからね」
以前から、ロバートとローズは、ローズが十七歳になる春に結婚すると公表していた。それを覆せば、特殊な事情があったのではと、勘ぐられる。
奴隷商人たちに連れされた聖女ローズに関して、要らぬ噂を囁くものは、少なくないのだ。
「私は今、一族本家の最後の一人です」
「そうだね」
表向き、他は全て死に絶えたことになっている。目の前で生きているのが一人いるが、ロバートが産まれる前に死んだとされているため、死人だ。
「アレキサンダー様の王位継承を妨げようとする者達は、排除せねばなりません」
「丁度、ケヴィンという駒が、リラツから提供されたし、いい時期だ」
「えぇ。騒乱が起きる。こちらの掌の上で転がさねばならない」
「お前一人では無理だ」
師匠の言うとおりだ。だが、次の世代は、アレキサンダーを支えるために、生き延びさせねばならない。
「ジュードに協力させています」
「ヴィクターとアレクサンドラがいるだろう」
想定通りの師匠の言葉にロバートは首を振った。
「ヴィクターとアレクサンドラは、今回の件に深入りさせるつもりはありません。私の身に何か有った場合、二人を私の養子とし本家を継がせるための書類はアルフレッド様に預けました。師匠、あなたが支えてくだされば、一族本家の当主として、あの二人であれば問題ないでしょう」
ロバートの言葉に、師匠が苦虫を噛み潰したような顔をした。
「万が一と思って打った手を、お前に利用されるとは」
師匠は、ヴィクターとアレクサンドラを強引にロバートに預けていった。ロバート兄様と連呼する二人に手を焼いたのも、懐かしい思い出だ。
「腕白共を引き連れてきたときも、驚かされたが」
「あの子達の一番は、相変わらずローズですが、裏切らないと確信できるのですから、よいではありませんか」
“泣き虫リゼ”と一緒に悪いやつをやっつけるという、少々幼稚な理由で集まった少年少女達は有能な影に育ちつつある。
「『のっぽがなにか企んでるから、おっさん聞いてきてくんないか』と言われた私の身にもなれ」
師匠の言葉にロバートは天を仰いだ。
「勘が良いことを褒めるべきか、あなたへ敬意を示せと諭すべきか、あなたへの言葉遣いを訂正すべきか、あいかわらずですね」
孤児院育ちの彼らは、良く言えば自由奔放だ。ローズが同じ環境で育ったとは信じがたい。ローズの成人と共に別れを告げた“記憶の私”の教育のおかげだろうか。今更ながら、ローズの育ての母であった“記憶の私”に、礼を言っておけばよかったとロバートは後悔していた。
「一応わかっているらしい。言葉遣いは訂正していた」
「最初から、そう言えば良いものを」
「私達の反応が面白いようだよ。お前の前でローズの手を取る時の大司祭と同じような顔をしていた」
悪戯っぽく笑う師匠をロバートは睨んだ。
「おぉ、怖い怖い」
師匠は笑う。
「あの曲者大司祭のおかげで結婚出来たのだから良いだろうに」
「えぇ。それはそうです」
「曲者だが、お前たちが結婚してから、挨拶のときにローズの手を取ることをやめたのだから、かつての悪戯くらい許してやれ」
師匠の言うとおりではある。大司祭は、ローズの手を取る直前で止まり、わざわざロバートの方をみて微笑むのだ。余計に、見透かされているようで腹が立つのだが、師匠は理解してくれないらしい。
ロバートは、本題に切り込んでおきながら、のらりくらりと話題をそらす眼の前の男を見つめた。




