10)報告
イサカの町での視察から帰ったアレキサンダーの一行は、形式通り謁見の間で国王に拝謁した。
ライティーザの国王、アルフレッドの威光がティタイトとの国境の交易都市イサカにまで及んでいることに、アルフレッドは満足気に頷いた。一部の貴族たちは高揚し、好戦的な空気になりかけた。それを止めたのは、東に領地を持つ貴族たちだった。増えたイサカと周辺の町からの税を惜しんだのだ。
レオン・アーライルの功績で、一帯の安全が改善し、交易が盛んとなった結果だ。何も画策をせずとも、貴族たちに厭戦気分が広がったことに、ロバートは安堵した。
その日の夜、アルフレッドは王太子宮を訪れた。
「せっかくの帰還だ。ゆっくり皆で食事をしたいと思ってね」
「はい。アルフレッド様。たくさんお話ししたいことがありました」
ローズの言葉にアルフレッドは頷いた。
食後、完全に人払いをした上で、アルフレッド、アレキサンダー、ロバート、ローズの四人は一つの卓を囲み、茶を飲んでいた。
「そうか」
ティタイトの一の王子“風に舞う鷹”、その息子“緑の風”に私的に会ったときの報告に、アルフレッドは深くため息を吐いた。
「ロバート兄さんの墓か。ティタイトの一の王子が葬ってくれていたのか。彼に感謝せねばならないね。名を教えてくれたというならば、彼の友好関係を築きたいという気持ちは本当なのだろう」
「はい」
ロバートは手元の石を眺めていた。墓があった丘から拾ってきた、白い石だ。
「私の長兄チェスターは、大怪我をしたが、王都まで戻ることができた。王都についた頃には、もう意識がなかった。王都に戻ったことを、兄がわかったかどうかもわからない」
見開いた目に涙を浮かべたローズを、ロバートは抱き寄せた。
「チェスター兄さんは、意識が無くなる直前まで『ロバートはまだか』と言っていたそうだ。報告書にあった。ロバート兄さんの最期を見た者もいたが、兄の心情を思うと、上奏できなかったそうだ。きっと二人は、天の国で再会したと、私は信じている。ロバート、是非、聖アリア大聖堂に報告にいってくれ。お前の報告があったほうがいいだろう」
「はい」
ロバートの腕の中では、ローズがロバートのハンカチに顔を埋めていた。
「ローズ、泣くのは良いが、泣くだけでは、また同じことが起こってしまう。一の王子と約束したとおり、友好的な国交関係を結ぶことが重要だ」
「ローズ。悲しいのは事実ですが、よい機会です。ティタイトと友好的な関係を築くことができれば、戦争は無くなり、伯父のロバートのように亡くなる人はいなくなる。今を生きる私達に出来ることです」
「はい」
アレキサンダーとロバートの言葉に、ローズはようやく、ハンカチから顔をのぞかせた。
「サーさんも、ライティーザの王都に来てみたいっておっしゃいました」
「サーさん?“緑の風”か。風の発音は難しいからね」
ローズの言葉にアルフレッドが笑った。
「そんな事を言ったのか」
アレキサンダーの言葉に、ローズが頷いた。
「はい。ティタイトにおいでとも、おっしゃってくださいました。草原のずっと向こうから、大きな市場がくるから、面白いよって」
とたんにロバートは不機嫌になった。
「“緑の風”は、ライティーザの言葉を話せるのか」
「いいえ。通訳の人を介してです。でも、私がなにか言うと、ティタイトの言葉でお返事してくださいましたから、聞くことは出来るようです」
「なるほどな。ロバート、機嫌をなおせ」
「はい」
ロバートは、ローズをより強く抱きしめた。
「どうしたの。仲良しになっただけよ」
「そうですね」
機嫌が悪いままのロバートに、アルフレッドとアレキサンダーは黙って顔を見合わせた。




