56 竜車旅3
「大変申し訳ないのですが、アルヴィ様におかれましては我がイドロ共和国への入国を不可とさせていただきます」
「なんですって?」
殿下とのデートを思い浮かべ、オーガスタと論文の作成について打ち合わせをしたりお茶をしたりと移動時間をつぶしていたというのに、入国はさっくりと拒否されてしまった。
「ちょっと、何が問題なのよ。身分証明は問題ないでしょう?」
「厳密に申し上げますと、馬車等から降りられないのであれば、通過すること自体は可能です。ですが、アルヴィ様は我が国における大多数が信仰する神々より加護を受けてらっしゃいますね?」
「え、ええ」
どの神かはわからないが、とりあえず頷いておく。依頼人さん曰く多量の加護があるそうだし。
思い出すに、イドロ共和国は沼地が殆どの国で、わずかな沼以外の地域に住宅地が密集している。人口は竜尾人の混血が9割で、目の前で入国審査対応をしてくれている蛇人のお姉さんは珍しい部類のはずだ。竜尾人の信仰対象は生息地域にもよるけど飛竜神か海竜神で……あ。
「我が国では建国よりこれまで、翼神鰭神どちらかの加護を有した者はあれど、双方の加護を受けたものはありません。そのため、信仰に厚い方々の中にはぜひ神殿でお迎えしたいという意見もありまして」
「わかったわ、通過するまで出ないことにしましょ」
「ええ、申し訳ないのですが」
ちなみに、今は竜車の廊下で話をしており、お姉さんの後ろではなんだか乱闘が発生している。聞けば信仰に厚い入出国処理担当の方だそうで、問題になる前にとお姉さんが来てくれたらしい。
「聞いていいのであれば、お姉さんの信仰は?」
「先祖代々黄の魔神を信仰しております」
「これから通る国で神殿に立ち寄れたら、お姉さんの頑張りを伝えておくね」
おおっと乱闘方面から手斧が飛んできた。お姉さんの尾が叩き落してくれたからいいものの、危ないったらありゃしない。
「殿下、どうする?」
「視察から通過に変更する。だが、アルヴィは神殿なぞに捕らわれないだろう?」
「まずは爆破できないかやってみるわね」
「だろう」
ちなみに、オーガスタは私の後ろで入国審査怖すぎとおののいている。あとでヨシヨシしてなだめておこう。
視察場所をひとつ飛ばすことになり、護衛から先行している隊への伝令が出ることとなり、入国手続きは中断して元居た客室に戻る。いくらクッションがいいものと言っても、そろそろ体の形にへこんできた気がする。
竜車が移動する道はきちんと舗装されており、特に大きな揺れもない。論文に行き詰ってきたので、殿下の膝を占領し太ももを枕にする。
「次の国はどこなの?」
「このままイドロ共和国内を南西に移動し、アイディシア自治区を通過してレムリウス王国から南方になるナルテクス王国に向かう予定だ。しかし、下車もできないとはな」
「護衛の仕事がない分には助かるのだけど、ヤバ国家しかないのポーラ王国連邦は?!」
「やばいったって、今のところロードード公国くらいでしょ」
同じく行き詰ってきたオーガスタも平和なもので、しかしくたびれている。
なお、先ほど届いた日刊おもてなしによると、ロードード公国は2日ほど雨が降り続き地下が水没、市街地は壊滅し先日利用していたホテルなどが避難先になっているという。殿下の手元の書類を見れば周辺各国の動きはわかるものの、先日電撃交代した新しいエールソン伯爵が援助不要と出国者の捕縛を実施しているそうでなんだかきな臭い。
「このまま戦になるのかしら」
「ならない」
「そうはいってもねえ」
書類はまとめてきれいな青色の封筒に押し込まれ、呼びつけた従者の手で別の竜車に運ばれることになった。つまり、そっちで寝ている依頼人さん案件のようだ。
殿下の太ももを揉んでも文句が出ないのをいいことに、こっそり残りの行先が書かれたリストを見る。
次に通過する予定のアイディシア自治区はイースターと呼ばれるヒトが多い地域だ。イースターは極東文字では霊人と書かれるそうで、定義としては『器物に魂が宿ることで生まれるもののうち、空間魔術が使用できる個体』とされる。イースター同士で生殖により増えることはないから、同じような器物のイースターでも血族ではなく、同じようなものに宿った別の魂ということらしい。
その次はナルテクス自治区、珍しい火属性の魔術に長けた羽人のフェニックスがまとまっている地域。ここは何やらメモ書きがされていて、精神的に不安定な相手が多いので殿下だけで対応とある。殿下なら火に強いからね。
その次はリーキスク公国──体のいくらかないし全てが鉱物や土を中心とした物質でできたヒトたちの国──、フォースビー鼎王国──血統王議会王庶王の3人王様がいる国。血統王と議会王の結婚があったときは議会王の変更をするかの議会があったとかなんとか──、ブリンスビー双王国──同じ卵から生まれる双子だけが王様になれる、ただし双子は出生数の3%ほどになる国──、南ガルヴィニア王国、ガルヴィニア王国、第2城でしばらくの休憩を入れて、それからクロスランドに入るという。
正直、ナルテクス自治区通過までに1か月かかると書かれているので、クッションがへこむことだけは間違いなさそうだ。
「論文書き上げるったって身体がなまりそうだー」
「ストレッチくらいしかできないもんねえ」
つまり、暇。元気いっぱい外に行って何かしたい。日陰暮らしが性に合うけれど、それはそれとして閉じこもるしかないのは違うのだ。
と、竜車ががこんと大きく揺れた。殿下が視線を上げると、廊下から従者が扉越しに声をかけてくる。
「護衛対象より連絡です。“飛ばすなら飛ばす”とのことです」
「……わかった。アルヴィ、オーガスタ、それぞれ手近なところに捕まるように」
再び大きな揺れ。それから、竜車全体が持ち上がる感触。
殿下に断りを入れて、廊下に出て窓を覗く。横は見渡す限り空で、下にいくらか沼地がある。
「わー……」
移動過程を物理的にも飛ばすんだ、と私は口に出さずにはいられなかった。
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