55 幕間:出発前夜
生涯の独り身が確定し、親の持つ爵位を借り受けエールソン伯爵となって数十年。
「ラウレンティウス侯爵には了承を取ったンだよ、どお?」
まさか信仰対象である神より、爵位の売却を迫られる日がやってくるとは思わなかった。
私ことラエティティア・ハル=エールソン・ラウレンティウスは、ラウレンティウス侯爵令嬢にして番を保護できなかった魔人族のひとりである。
そもそもとして魔人族は人口平均5%が番の保護に失敗しているので、保護の失敗を理由に種族内で差別対象になることもないし、生活に不利益もない──子を持つことがほぼ不可能であること以外は。
深く頭を下げ、茶を濁す。本来なら直視もできない相手に、嘘を吐くことはできない。ひとまず応接室に通すことは成功したものの、このクソ夜中に尋ねやがってと言いたいところ、時間稼ぎをしたいからと本家に確認すると答えた。
「本家に確認を取りますので、しばしお待ちいただきたく」
応接室のローテーブルをはさんで、私と青の魔神が座る。差し出されたのは本家の封蝋でとじられた封筒。
「確認はこれで足るか?」
「……ええ」
封筒を開けば、兄と甥が書いた紹介状が入っていた。
時間稼ぎには失敗した。しかし、魔神であることも確定した。
「我らが神に置かれましては、なぜ私のようなものから爵位を買い取ろうと?」
「ロードード公国をなくすかラ。持ち主に迷惑をかけたくないだロ」
ううん、と悩まざるを得ない。
ロードード公国は、エールソン伯爵領の大半を占める砂漠の国だ。かつては緑あふれる豊かな地であったものの、数百年前に鼠人の移民を受け入れ国を建てる許可をしてこの方、先祖代々砂漠化に悩まされている。
私が伯爵になってからも、数十回は要請をしている。が、鼠人の中でも砂漠に適応している者ばかりの集団相手では、砂漠状態の方が住みよいからと拒否無視反発のオンパレード。
しかし先祖代々引き継いで来た爵位を土地ごと売却してよいものか。許可が出ている出ていないではなく、相手がヒトの理が通じない相手だからだ。
「計画があるのでしたら、お伺いしても?」
「いいヨ、協力してもらうけドな」
「詳細にもよりますが」
にぃ、と青の魔神が笑う。ああ、苦手だ。
私は私の親でもあるこいつが大層苦手なんだ。
*
長話の用意を家令に命じ、青の魔神は手を水平に振り、空中に半透明なエールソン伯爵領の立体地図を描きだした。
地上はどこもささやかな街しかないが、地下は複雑すぎて半透明では見づらくなっている。現に裸眼ではもう読み取れない状態で、断りを入れてから老眼鏡をひっかける。
「現状、鼠人は遺伝性の良くない体質が蔓延シていて、根治は困難になってイる。稀に遺伝していない個体はいるが今や2個体のみ。よってその2個体を新しい始点として繁栄さセる」
「よくない体質、ですか。あなたの蒔いた種ではなく?」
7つの魔神はその親からある程度の制限を受けているという。その制限の中で特化している部分を権能と言ってはばからないのは彼ららしいが。
代表的なものでいえば、目の前の青の魔神は医学と病、魔術、水にかかわる権能を持っているという。であれば、病について疑っても仕方がないだろう。
「あンな詰まんない体質を撒いてどうするヨ、尿路結石ができやすいなんてサ」
「ゥぐ……」
それは、今茶の給仕をしている家令も一度やったことのある病だ。とんでもなく痛いそうで、ある日突然脂汗を流しながら休みの申請を持ってきたときはとにかく休めと追い返したことがある。
元々水を飲まない・飲まなくても困らないような生態の人種でそういった体質が流行るのは、確かによろしくないかもしれない。
「で、なんでも叶えてくれるって言うシ、アルコールの類をすベて貰う。製造も禁止すル。製造したところから水没させるから、一年もしないうちニ湿原の出来上がり」
「また水没させるんですか。国単位と言うと、かつてあった洞人の集落以来では」
「そうだね!」
この男が楽し気にしているということは、よほど止めようがないことをしたのだろう。
そういえば夕食時に、ロードード公国の公女殿下が国王陛下のお近くで何かしらのやらかしをしたというのは聞いたな。
「話を戻すト、この2個体の片方がオレの養子になった。もう片方は正直癪だガ、生かした方が正当性を主張できる」
「……公女殿下は陛下に関わるトラブルを起こした、というのは聞いていますが、それでも?」
「権力の話にゃ神と血筋ハ付き物だからなァ」
つまり、青の魔神の頭の中で、すでにロードード公国という国が一度失われることが決まっている。そしてその後の体制を維持するための手段としてエールソン伯爵に元公女を据える。それも、青の魔神の養子であるという明文化した王権神授説つきで、その気になったら第二次ロードード公国を興せる、と。
「1つ、不足がある。エールソン伯爵領はロードード公国のほかにも小国を抱えているがゆえに、それなりに領主働きもあるため引継ぎが必要でな」
「爵位を売却してもらったとて、即刻出て行ってもらう訳じゃナいさ。むしろ引継ぎをしている間の衣食住保証と給金は契約書作ってきタから問題なければサインくれよな」
「まったく、こういう時ばかり手早いな」
ざっと契約書に目を通し、家令に確認をさせる。ついでにとばかり付けられているのは、昨日付けの養子縁組証明書だ。
「で、なぜ公女を養子に?」
「ン? 養子にしたのは青の勇者の素質がある別の鼠人だヨ?」
「……ほう?」
では、やらかしをした公女への首輪を兼ねた養子がエールソン伯爵になるのか。
家令に養子縁組証明のみ返してもらい、性別の欄で“公女”ではないことを確認した私は、爵位の値段をいかに吊り上げられるかを考えるのだった。




