54 竜車旅2
ロードード公国に到着して、翌日。
比較的揺れない地面を味わっていた私とオーガスタは、部屋を訪ねてきた従業員から殿下の伝言を受け取り「あと2時間」と返答を預けてうつらうつらと身支度を始めた。
「昨日の今日で出発するなんて聞いてないよ~」
「後で仕分ければいいから端から全部マジックバッグ入れよ、オーガスタはこっち使って」
「あーい……」
洗髪後に乾かさなかったのか、オーガスタの蜂蜜色した髪の毛は逆立った状態で固まっていた。荷物をまとめるのに夢中なうちに、私はオーガスタの髪へえいやっと力を入れてブラシをかけ、櫛を通し、ひとまず淑女としてまともな状態に近づけた。
昨夜散らかしたありとあらゆる──自前のスリッパに脱いだ衣類、結局口に合わなくて残ってる焼き串──をぽいぽいマジックバッグに放り込み、身支度をし、オーガスタの目が覚めてきたところで忘れ物がないことを確認してもらいつつ部屋を出る。
殿下は宿の1階にあるカフェテリアで優雅に紅茶を飲んでおり、バタバタと降りてきた私たちを見て残った紅茶を飲み干した。
「早かったな。もっと時間をかけてもかまわないが」
「あまりゆっくりやると私が寝ちゃうでしょ」
「そうか。外に車を待たせている、こっちだ」
宿代の精算はとオーガスタが慌てたものの、殿下が「対応済みだ」と答える。昨日乗っていた竜車が宿のすぐ前に横付けされていたので、殿下に支えてもらって乗り込んだ。
竜車に乗ると依頼人さんはおらず、後ろを見るも私が止まったせいでつっかえるオーガスタしか見えない。
「依頼人さんは置いてくの?」
「いいや。2人には悪いが、泥酔して起きなかったため宿泊・給湯車に載せている。当面野営の際はこの車両で寝泊まりしてほしい」
竜車に乗り込んだ殿下は、そう言いながら出発の合図を出す。依頼人さんはどうやら昨日の歓迎の際にお酒を好きだけ飲んだらしい。私はお酒あまり飲まないからわからないんだけど、人に迷惑をかけるまで飲むのはどうなのかしら。
次の目的地は、ロードード公国を南進してフォルビウス・フォルマトシュという川中の国の上を通過し、イドロ共和国という沼地が殆どの国。
私は殿下の隣に座り、まだ眠そうなオーガスタは私の向かい側で断りをいれてから眠りはじめ、竜車の揺れに身を任せる。昨日より速度が出ているみたいで、そこそこ揺れがきつい。
「そうだ、ロードード公国はどうだったの?」
私は歓迎されたのかを知りたくて殿下に振る。
「ああ。かねてより砂漠化が進んでいるため緑地計画の推進をと議会で決定されていたが、どうやら対応できないらしい。次の議会で伯爵領へ変更する議案を出すつもりだ」
「待った、依頼人さんは治安の悪いところって言ってたじゃない。あれは何だったの」
む、と口をすぼめる殿下。かわいい。
ではなく。視察の目的を読み違えていたかもしれない、と私は慌てる。
「ポーラ王国連邦から独立のきざしがある国を指して“治安が悪い”と称したのだろう。教師から基礎政治は習得したと聞いていた、学習時点でのロードード公国の状況は?」
「あー……」
ちょっと面倒な話をしよう。ポーラ王国連邦ってなーにって話だ。
そもそもポーラ王国連邦は海のある東側から西の果てまで時差が9時間ある。私の実家や第2城は、会都から時差マイナス3時間の──会都が15時のころ、私の実家は12時になるような──地域だ。
それくらい広いポーラ王国連邦は、八神暦のはじめより王朝は違ってもレムリウス王国という魔人族が治めるひとつの国だった。時差9時間あるような国が。
ただ、魔人族は能力が高くても他人種がいないと成り立たない。番はほぼすべてが他人種からみつかるからだ(殿下の親御さんはどちらも魔人族だけど)。
そこで、魔人族の領主は自分たちの領土を他種族に貸し出すことにした。そもそも増えにくい魔人族だけで領地や国家を運営していくのは難易度が高く、またこの方が番を見つけたときに、政治的な手間をかけなくてもお近づきになれると考えたからだ。
これがレムリウス王国全体に広がった結果、貸し出された人々それぞれの中で独立の機運が高まった。ただ、レムリウス王国は戦になれば1人で1つ国を焼くレベルの魔人族が普遍的な存在なので、力による独立は困難。そこで両社の合意があれば『レムリウス王国から土地を借りている自治国家』として運営することとなり、これらの集まりは『ポーラ王国連邦』と称されるようになった。
なので、ポーラ王国連邦とレムリウス王国は本来同じものを指している。ただ、現在ではどこにも貸していない地域はレムリウス王国直轄地、どこかの自治国家が借りている土地をポーラ王国連邦くらいに呼び分けている。
さて、面倒な話を置いといて。
ロードード公国は元々豊かな森林を有する沼地を借りていた。が、借りてからの数百年で砂漠化させてしまった。レムリウス王国経由で領主とその子孫らは緑地の回復を要望していたものの、今のところ森林らしい森林はない。
土地を借りている自治国家は、持ち主から要望があったときはこれを協議ないしは対応しなければならない。でなければ、自治国家は良き隣人から無法者の群れになる。
「外見てないけど、街を見た感じかなり砂漠だよね」
「そうだ。私の予定としては議会にかけるつもりだった、しかし出発前に個人資産から対応をしていたから、この辺りは今依頼人の領地でな」
ということは、依頼人さんの気持ち次第でロードード公国は更地になる、と。
「最初から薙ぎ払ったのであれば、神であっても法に背く。が、今回のやりかたであれば議会も諸侯も文句は出せまい」
ちなみに、現在魔人族はほぼ貴族の生まれであり、現在は殿下の父方のバーレイグ家、同・母方のロードス家(バルトロメオさんが当主!)を含む8つの公爵家などが存在する。ロードード公国はエールソン伯爵領だったと思うけど、バルトロメオさんと同じ番の保護に失敗したことを示すハルを冠していたはず。
「もしかして、エールソン伯爵位は今依頼人さんが持ってるの?」
「突然増やした義理の子に継承させたと聞いている」
「ま、魔神だな~」
思い返せば学生時代、先生はよく似た顔つきの若い子を複数連れてきて「あ、子供です。作りました」なんて言ってきたなあ。今では全員独立して寂しいってよく聞くし、魔神ってそんな感じなんだなろうな。
「じゃあ、イドロ共和国でもそういう……政治的な視察を予定してるの?」
「ロードードほどひどいものではないがな。3日滞在予定だから、途中でどこか出かけられれば、と」
これは殿下からのデートのお誘いだな。私は殿下にちょっとだけ寄って、うれしいと返事をした。




