53 ロードード公国
日が落ちかけたころに到着したのは鼠人の多い砂の国、ロードード公国。の、地上都市カリクスライム。鼠人は地下を住みかとしていることが多いから、ほかの国と交流をしなければならないときや、鼠人以外が住むためとしてカリクスライムを整備しているそうだ。
殿下と依頼人さんは正式な来賓なので、カリクスライムの迎賓館──今夜の宿泊場所を兼ねるとか──へ向かい。馬車の護衛として雇われている私たちは、ほど近い旅行者向けの宿へと向かった。
迎賓館に入るということは、歓迎の場に出席しないとならないということであり。この国とは最近ちょっとした因縁ができてしまったので、少なくとも私は歓迎されないだろうという判断だ。
「にしても、最初に行く国がロードード公国なんてついてないね」
「そう? この辺りの国はどこも砂っぽいと思うのだけれど」
宿の部屋でオーガスタと2人、やや埃っぽいベッドに飛び込んだ私が愚痴をこぼすと、オーガスタは不思議そうに返す。いや、いろいろあって忘れているかもしれないけどさ。
「会議城で絡まれた公女さま、ここのお姫様だよ?」
「……そんなこともあったわね」
「んもー」
旅行者向けでほぼ最上級クラスだというこの宿だけど、食事は代金に含まれていても水は別。私は飲み水がマジックバッグに入っているからいいとして、オーガスタは体を拭くための水を宿の従業員に頼んでいた。
「リビングルームとベッドルームがある部屋なんて、いつぶりかしら」
「オーガスタはもうちょっと宿にお金かけた方がよくない?」
「お金はかけたいけど、宿がない地域にも行くものだから」
ベッドの埃をたっぷりと味わったので、オーガスタのためにもといったんリビングルームに行ってもらう。
埃を味わったのはそういう趣味ではなく、単に魔術で指定するために必要があったからだ。
「いらないものは、まとめてポイ」
部屋の中にめちゃくちゃある埃、細分化して毛やら糸やら砂やらをぎゅぎゅっと集め、マジックバッグから取り出した適当な瓶へ放り込む。
緩やかに風も吹いたものだから、むずがゆくなってくしゃみが出た。……適当に拭いておこう。
「オーガスタ、きれいになったよ。あっためる?」
「ありがとう。頼んでもいいかしら」
「ちょー得意だかんね、いいよいいよ」
オーガスタはちょうど、宿の従業員から水の入ったタライを受け取ったところだった。
火の魔術を使いたいところだが、過去にやってボヤ騒ぎになったことがあるから、他のものから熱量を移動させる魔術で外気の熱を水に移動させる。
いい感じの温度になったところで、オーガスタにタライを返す。ベッドルームをきれいにしておいたと伝えて、そちらで体を拭くように伝えた。
オーガスタはいわゆる長風呂タイプなので、私は部屋を出て鍵をかけると、市場へ向けて歩き出したのだった。
*
迎賓館のきらびやかなシャンデリアが、広いダンスホールに光をあふれさせる。誰もかれもが着飾り、踊るものもあれば食事を楽しむものも、会話を楽しむものもいる。
竜車の中でアルヴィが聞いたように、通過予定場所はほどほどの治安の地域を選定している。そう伝えてあったが、ロードード公国は直前にねじ込まれた場所だ。
「この度は、公女殿下のご婚約おめでとうございます」
「ありがとうございます」
そう挨拶はせども、お互い腹の探り合い。
出立の直前にあった昼餐会では、和やかな雰囲気の裏でこの国の姫による魔人族の伴侶──魔人族の伴侶を相手に危害を加えようとした場合、傷害罪は存在せず殺人罪が適用されるため──殺人未遂が発生した。ゆえに移動経路を無理に変更し、この場を設けさせたと言える。
祝いの言葉にとげが多いよ、と息子を眺めながら、半人半蛇の姿で参加をする青の魔神はカクテルグラスを飲み干した。
「フロー、公王殿はよくやっている。ちゃんとオレと契約をシたんだぞ?」
「あまり不条理な契約を課さないようにしてくれ」
「おーこわ。オレが他よりまともなのは、お前が“僕は一人前なんでしゅよ”って毛布を引きずっていたころから知っているだろうに」
「ずいぶんとアルコールが回っているようだな。その舌、不要なのではないか?」
周囲を探るために伸びた舌へ、フローの手が伸びてきたため青の魔神はするりと躱す。
今日の本題は息子をからかって遊ぶことではなく、ロードード公国の主要貴族が集められたこの場所で、契約を正式に布告することなのだから。
「では公王サマ。締結された契約に則り、オレはこの国のすべてのアルコールを一年間徴収する。そして、公女殿下にはオレの子の一人を伴侶に、王位継承権を剥奪のうえ地方の領地へ封じる。守ってもらえるンだろうな?」
「ええ、ええ。ご随意に」
「聞いたな者ども。ならば酒蔵のものも個人のものも、この地のアルコールは一切合切徴収させてもらう。外からの買い付けもできないから、気を付けて過ごすんだナ」
パチン、と指を鳴らす。テーブルからすべての酒類は消え、貴婦人が飲もうとしていたグラスすら消失した。
ロードード公国という地方都市並みの広さから、青の魔神はたったひとつの動作で文字通り、アルコールを奪ったのだった。
それは個人の所有も製造過程のも分け隔てなく。飲用も調味料も医療用も関係なく。
「ああ、器は後で返しておこうカ。機材がなくなると新しク作れないもんナ」
ぺろりと飲み込んだ酒精に舌鼓をうちながら、気ままに青の魔神は鼠人の間を抜けて今宵のベッドへ向けて去っていくのだった。
*
夜の市場は予想外にいろいろなヒトがあふれていた。洞人の冒険者らしいヒトもいれば、その横を通り過ぎていく髭人の役人らしいヒトもいるし、かなり鼠に近い外見の鼠人の親子は楽しそうに買い食いをしている。
この辺りの名物はラクダ肉の料理だそうで、地下にある牧場で育てたラクダ肉を地上都市に輸出する、なんて流れがあるそうだ。食べたことがないけれど、口に合わなかったとしても半人前位であれば2人で食べきれるだろう。
ラクダ肉を包んだパイみたいなものを小さい方から3つ。四つ足魔物の肉と称されたものが売られていたので、安全そうな屋台を選んで焼き串を数本。この辺りで取れるオレンジの仲間から作ったジュースを瓶で2本買って、さてとと振り返る。
道が分からない。
部屋を出てから噴水広場は何度か見かけて、ということはいくつかあって。迎賓館から近い宿、と尋ねてみても迎賓館はともかく宿は複数あると言われ。
「昔もこんなことあったなー」
ひとまず手近な噴水広場に向かい、噴水の縁に腰を掛ける。
思い出すのは昔々のそのまた昔、ヘオース学院入学よりかなり前の話だ。
殿下の視察に付き合って、海辺の町を見に行った。昼を過ぎれば町の人気がなくなるくらいの、漁業を主とした子どもの少ない町だった。
あの時もどうにかして殿下とはぐれて、適当に防砂林の中を歩いていた。そうしたら突然開けた場所に出て、そこで舞い踊る竜に出会ったんだ。
「……飛竜神って、もしかして彼女のことかしら」
踊っている竜は雪のように真っ白で、蝙蝠に似た薄く軽そうな羽を持ち、しかしもふもふとした胸毛を蓄えていて何となく兎に似ていると思ったことを覚えている。舞い踊るさまが面白くて、殿下とはぐれたのも忘れて共に踊り、私が疲れたところで竜が話しかけてきたのだった。
竜は恋人に会いに海辺の町へやってきて、恋人へ呼びかけるために舞い踊っていたという。私はどんな相手が恋人かと聞いて、浜辺へ連れて行ってもらって……。
「おい」
思い出している間に、背後から声が聞こえた。そうそう、だいたいこういう感じの声だったような気がする。
「探している宿はホスパリス・カリクスライムだろう?」
「そうだったかしら」
「宿を忘れたのだったら、鍵を確認するんだな」
そういえばと鍵を確認すれば、確かにそんな名前のタグが付いている。
声の主にお礼を言おうと振り返る。そこには噴水しかなかった。
……まあいっか。
2026/1/2 サブタイトルの修正




