52 竜車旅1
馬車の中での雑談。
馬車もとい竜車に揺られる。当然、暇を持て余す。魔女魔術師なんてのは自分のやりたい魔術やら方向やらしか見えていないヒトの集まり(学園にいる研究者もだいたいこう)なので、おとなしく移動するなんてのは飽きるわけだ。
「この車牽引している竜って、シレーネシアから借りてきたの?」
私とオーガスタ、殿下、依頼人さんが乗っているキャリッジは、魔術で中をかなり広くしているのもあるけれど、今いる個室だけで殿下で例えると5人は余裕をもって寝転がれそうな大型の物だ。専用の名前は『移動執務室』、今いる客室兼執務室のほか、仮眠室、トイレ、控室、これらを接続する廊下がある。
衛生面から飲食は水分補給程度までしかできず、そのための飲み物は都度別の馬車……すぐ後ろを走っている宿泊・給湯車で用意してもらい、片道だけ転送できる魔方陣で1人分ずつ転送してもらう必要がある。
ちなみに。どうしても宿泊場所が確保できない場合、私とオーガスタは宿泊・給湯車で、殿下と依頼人さんは移動執務室で宿泊することになるとか。
「いやオレ」
「ここにいるじゃない」
オーガスタと依頼人さんの軽快な話を聞き流す。ヒトが御せる竜は多くの場合において、どこで生育したものでもシレーネシアが買い上げて育てたものになるから、その疑問は最もだ。
そして、返答はちょっと最もではない。
「さっき見せた本にもある通り? オレってば神様なの。頭におっきく一応ってつくケド」
「へー」
「最近のコって信仰心薄い感じカ? まあいいや、じゃあなんか賢いスライムとでも思ってヨ」
神様を自称したと思ったら、スライムになってしまった。賢い……賢いのは確かだわ。
「一部のスライムにハ見られるけど、オレは分裂ができる。しかも長期間。なら、あちこちを見て回る分裂体を作ってもいいじゃン? そして、分裂体を好きな形状にしてもいいダろ」
「それじゃ、ここにいるのもキャリッジを牽いてるのも分裂体ってことかしら?」
「ソウイウコト。ミンターの森は昔からオレの集合地点でナ、外回りしている奴は何十年かにいっぺんでいいから集まって見て回ったものを共有しましょう、っていうことになってるノ」
なっている、ということなら、実際は集まらなくていいのだろう。
にしてもスライムだったとして、ここまで精密にヒトの形を作るのは珍しい。声も、時々聞き取りにくい音が混ざるのは元々ヒトに近い形をしていないことが原因なら納得できる話だ。
「一応ってつくのも、完全体でも本体でもなイからだ。権能自体は十全に振るえるガ……湖の水をバケツに汲んだのがいくつあったところで、水ではあレど湖ではないだろ?」
つまり、依頼人さんは本体依頼人さんから分けた分裂依頼人さんで、キャリッジを牽いている竜は分裂依頼人さんからさらに分けた分裂分裂依頼人さんということか。わからなくなってきたわ。
……というか、青って名称で依頼を出していた辺り、青の魔神よね。だいぶ不敬を働いた(現在進行形)気がする。
「聞いてもいいかしら。どこからどこまで自分とかあるの?」
「回答を待たずに質問する辺り気に入ってるヨ、答えよう。全部つながっているケど、他の分裂の見た聞いた触ったその他すべて足指に砂一粒乗せたときくらイの遠い感触だナ」
「ということは、起きていることは何となくわかるけど詳細はわからない感じなのね」
「知ろうと思えば知れるケど、さすがに分裂体全員が他の分裂体やらの情報を受け取ると処理できなくって形を保てないンだよな。極東の古い話じゃ、軍隊全員が一度に発言したのをすべて聞き分けたっていうヒトがあるが、実際に自分でできるかって言われると微妙だロ?」
こっそり殿下に、依頼人さんが青の魔神で間違いないかを聞いてみる。頷いて返してくれた。今日も顔が好みだ。
殿下のお父さんお母さんの整った顔も、基本的な造形は殿下に遺伝している。けれど、目元のちょっと彫が深いというか、陰のある美人なところは依頼人さんに似ている。私は依頼人さんと殿下をかわるがわる──依頼人さんを見るのに10秒、殿下を見るのに5分くらいかけて──見て、親子なんだなあと感心した。
「こうして考えると、魔人族って本当に神々と近いヒトたちなのね」
「ああ。アルヴィには負けるがな」
嘘よ、いくらなんでも直系には負けるわ。
「依頼人さんが神様なのは納得するとして。報酬に書かれていた“加護”って本当にもらっていいの?」
オーガスタをリーダーとした臨時パーティを組むにあたり、依頼の内容は教えてもらった。内容は会議城で聞いた通りだったけれど、報酬が移動にかかる費用を別として2,000万トーカと加護って聞いたのよね。
「それなンだが……“ミス・クイーン”はそれでいいとして、フローとアルヴィはそうもいかないンだよな」
「後から参加したから?」
金銭については特にそうだ。いいとこ、リーダーが分配してくれるのに期待ってやつ。いや、殿下とお出かけの延長線上にあるから私はもらうつもりないけど。
「大きい理由は神々の領分争いにつながるかラ。小さい理由はもう持ってるから、だ」
は?
「も、持ってるって何」
「フローはオレの子だから当然オレの加護を持ってる。なー?」
「……父より私には“青の魔神の家族愛”という加護が与えられている、と聞いている」
「そうそう。継承なしの本人こっきり、水のトラブルには悩まされず、魔術も水の関連するものなら長じやすい、そして何より、他の神々にはオレの子と自慢ができる加護」
「なんか地味かも」
「地味じゃないモン! フローが領主ってだけで水害冷害汚水問題ぜーんぶ発生しないようにするモン!」
殿下は領地を持っているから、それはいいとこ……かも? でも、神様の加護って強くなるとか、強い技が使えるようになるとか、そういうのだと思ってた。
そう正直に口にすると、加護のランクによると返された。
「勇者とか聖女とか聖人ナら状態異常無効とか魔法の使い方与えるよそりゃ。でも家族だと……あんまり強くても贔屓がすぎるって言われるシぃ? 王権としては妥当な内容ダろ」
王家なら……まあ、わからなくはない。ただもっとこう、かっこいい方が信仰されやすいのではないかしら。
「ウンウン、なんか誤解が生じてる気がするけどいいや。そこはフローが何とかしな」
「わかっている」
「それと、アルヴィはもう加護あげてる、いまさら追加を与えタところでねえ」
「そうなの?」
オーガスタに聞かれた。知るわけないじゃない。
「詳細に知りたイならシレーネシアに行くと「行かせてたまるか」らしいので息子の意志を尊重して、ヒトの尺度で見たいならグリューネ教会の本部とかに行くと教えてもらえるナ」
「グリューネ教会の本部って、ミンターの森よりずっと西らしいじゃない。それこそ竜か何かで行かないと帰ってこれないわ」
「行かなくていい」
「じゃ行かない」
うっかり帰り道がなくなったり、行っている間に公爵令嬢みたいなのがまた現れても困る。……血筋だけで言えばオーガスタもかなりいいはずなので、不在だからってそこに縁組が生じても困るし。
「ここでオーガスタを仕留めるべき……?」
「それは間違いなく思考の飛躍ね」
「フロー、お前の……昔からかなりぶっ飛んでるよな」
「羨ましいだろう?」
なんだか知らないが、殿下が私を自慢しているらしい。素敵な私ってことでいいのよね。いいはずだ。
「ま、オレが分かるだけでも? アルヴィには現時点で青緑白と、あと飛竜海竜の加護がアる。……なんか見えないけど違う加護もある?! というかオレの以外増えてるじゃん?!」
「緑はオーガスタも持ってるでしょ、先生だし」
「わかる」
緑の魔神といえば私とオーガスタ共通の師である、アウロラ先生のことだ。なにげ、基本的な所在が確実な神でもある。
オーガスタは基本風の魔術を使うし。先生は大変気に入っている生徒だったろうな。
「青の魔神の隣人愛とか、緑の魔神の師弟愛とか、その辺はいいだろ。でも白の魔神の加護(小)、飛竜神の加護、海竜神の詫び状とか……フロー、アルヴィちゃんってそういう兵器かなんか?」
「私の婚約者だ」
殿下が再び自慢げだ。私も嬉しくなるな。
なんだか依頼人さんが調子を狂わせているが、そうしているうちに最初の宿泊予定地についたそうだ。オーガスタと組んでいるから私は歓待を受けなくていいそうで、話の長い領主に付き合わなくていいのだけは歓迎である。




