45 ゆるゆる魔女集会1
ヴァルトユーデルでいちばん大きい宿は、街の2割ほどを有するそれはもう大きなぴかぴかの宿だった。ただまあ、すぐ見える他の建築物は街の囲いとか、建築中らしい普通サイズの宿とかなんで、おそらく完成している宿はここだけなのだろう。
連れてきてくれた冒険者にお礼して、差し出された書類に依頼達成を示すサインをする。お金用に持たされたペンとインク壺、こういう時に便利なのよね。
裏口側に到着してしまったので、敷地を囲む生垣沿いにのんびりと移動…だんだんと喧騒が近づいてきて、そのうちにおとなしく並ぶ魔女たちが見えた。
「入場最後尾ってここかしら?」
「そうよー。あなたは出店? それとも講演?」
「赤封筒よ、それも2回目」
「あらー!」
直前に並んだマダムは楽しそうに、右手にくっついた黄色の封筒を見せびらかす。えーと、黄色は……。
「私はねえ、ちょーっと危ないもの作っちゃって召喚されちゃったのよー。あなたも好奇心はほどほどになさいねー」
「うわー、気をつけます」
黄色は互助会規約違反をした人が送られる、召喚命令の封筒だ。普通の封筒に黄色の封筒を入れて送られるので、内容を確認しようと封筒に手を入れると、そのまま手に貼り付いて空間転移させてしまうとか。
まあ、互助会規約違反って言ったって明文化されているわけではないし。これまで黄色の封筒を送られたヒトが、互助会の集まりで心当たりの理由を列挙したことでなんとなく「これをすると黄色が送られてくるな?」みたいな規約の輪郭を感じ取っているのだ。
何人かずつまとめて案内されているのか、魔女たちの列はときどき2メートルくらい進む。やっと正面入り口が見えるくらいまで進んで、いとこの顔を見つけて手を振った。ら、走ってこっちに向かってきた。
いとこ……お父さんのお兄さんの娘さんたちで、彼女たちも私と同様に魔女だ。アルマちゃんよりかいくらか黄みの強い赤毛で、線対称の衣装で左右から文句を言ってくる。
「「なんで並んでるの?!」」
「裏口側に着いちゃって。順番を守るのも大事でしょ」
「そのまま入場してよ!」
夕焼け色の瞳4つに睨まれて、私は仕方なしに返事をする。
もー、と文句を言いたげなのはお姉さんのスカジ・フィードル・ヨウンソン、実際に文句を言ってくる妹さんのシェイラ・フィードル・ヨウンソン。彼女たちは双子なので、大変そっくりなのだ。
どうやら二人は今日の集まりで運営委員をしているらしく、使い古された腕章をそれぞれの腕にはめている。
「ちょうどいいから、アルヴィさんまでで受付に連れて行きましょう。シェイラ」
「はーい。じゃ、今から肩たたくヒトは移動するから手を挙げてくださーい」
スカジちゃんが残り、シェイラちゃんが列の先頭へ向かいながら肩をたたいていく。正面入り口から宿の敷地に入ると、散策が楽しめそうな極東風の庭がしばらく続いていて、その奥には極東の意匠がちりばめられた建物が。建物の入り口には蛇の転がったような文字で『トルヴィル領主館』と書かれている。
「シェイラちゃん、ここ本当に宿なの?」
「ええ、領主様の執務室は奥の別棟よ。それより、建物に入ったら通り名で呼んでよ?」
「わかりました、“エコーライト”」
通り名で呼び合うのは、そうでないと黄色の封筒が届くのだとか。
ぶつくさ言いながらも、シェイラちゃんもとい“エコーライト”が受付をしてくれる。ちなみにスカジちゃんは“エコーレフト”で、2人で合体詠唱という基礎研究の活用を頑張っているそうだ。
受付は素早く終了して、パンフレットと3と数字の書かれた番号札を渡された。番号札がメイン会場での席次を示しているので、なくさないようにしっかりと握りしめる。
建物に入ると室内履きを使用するよう案内されて、私は持ち合わせがないのでひとまず素足で上がり込む。足裏に触れる感触が硬めの絨毯が敷かれていて、互助会の面々が設置したのであろう看板が目に入った。
パンフレットも見ながら看板を確認すれば、右手の大広間がメイン会場で、左手の廊下を進んだいくつかの宴会場は出店と講演の会場になっているみたいだ。
「あ、アルマちゃん来てるじゃん」
なになに、火属性の魔術基礎。受講していこうかな。
ちなみに互助会は魔女・魔術師を名乗るヒトが属しているけれど、それとは別に名誉魔女もしくは名誉魔術師という「本業は違うけど魔術等で偉大な功績をあげたヒト」も属している。私は前者のクチで、アルマちゃんは後者だ。
パンフレットにはアルマちゃんの通り名や名誉魔女になった略歴も載っている。何々、通り名は“ザ・スカーレット”。チェンジリングを利用した誘拐集団火の妖精の壊滅、シュックローファ・フィードル領地戦の壊滅作戦における功績。こわいからきかなかったことにしよう。
メイン会場である大広間に移動すると、ちょっと高さを付けられたステージのそば、私の席がある辺りに見覚えのある籠──この場合は極東で使われている、ヒトを中に入れて運べるほうの──があった。近付けば向こうも私に気付いたのか、通り名での呼びかけがあった。
「お久しぶりです、“ポーラいち有名な”」
「お久しぶりです、極東の“姫巫女”」
籠の中から聞こえる、清らかな鈴の音のような声。極東の術師の家系出身だという“姫巫女”は、おうちの慣習で結婚するか成人するまでは籠に入ってないと駄目なんだとか。あれ、異性に顔を見せてはいけない……だったかも。
番号を確認しながら “姫巫女”の隣、ザイスというぺったんこの椅子に座る。女の子が集まってする話と言えば、この場所では魔術か恋愛のどちらかだ。
「最近はいかがです? いつになったら閣下との結婚式の招待状が届くのか待っているのに、いまだ届かないんですもの」
「うーん、ちょっと前まで勇者のパーティにいたのよねえ。だから、まだしばらくは? そっちこそどうなの」
「ついに左鬼に勝った武者の方が現れましたの! 次は右鬼に勝っていただければ、お父様もお認めになってくださいますわ」
“姫巫女”は極東で発達した技術の中でも、ゴフという繰り返し使える魔術札を使って、シキガミという使役している魔物などを呼び出して戦わせる名手だ。親族の中では最も才能があるとかで、さっき話に出た左鬼・右鬼は生まれる前から使役しているという。
彼女がヘオース学院に聴講生としてやってきたときに、戦闘訓練の授業で戦わせてもらったことがあるけど、わ、私がかろうじて勝ったもんね。土地勘と言うか、向こうが全力を出せなかったというかではあるけど。
「“ポーラいち有名な”来てる! 久しぶりー!」
「ん、室内で走るなんてはしたなくてよ“ミス・クイーン”」
「ウゥ、そのやっぱ通り名変更の申請しようかなぁ」
ばたばたと駆け寄ってきたのは、2と書かれた番号札を持つ友人“ミス・クイーン”。どこかでトラブルに巻き込まれでもしたのか、ちょっと焦げたワンピースドレスをはためかせながら私の隣──ステージ側から“ミス・クイーン” 、私、“姫巫女”の順で並ぶように座る。
「で、そちらの箱? はどなた? ご紹介いただけるかしら」
「もちろん。こちらの籠は“姫巫女”、極東のゴフ使いよ。ヘオース学院に聴講生で来てた時に知り合いになったの。“姫巫女”、こっちは“ミス・クイーン”、爆発とかトラブルがよくあるから、ちょっとくらいすすけてても気にしないでね」
「その紹介はちょっとないんじゃなくって?! ンン、ご紹介にあずかった“ミス・クイーン”です。よろしくね」
「“姫巫女”です。都合があってこの場では籠から出られないのだけど、ぜひ仲良くしてくださいな」
「こちらこそ! 極東での貴族位には詳しくないのだけど、“ポーラいち有名な”の並びってことは公爵家相当なの?」
「“ミス・クイーン”、知り合って早々それは失礼じゃない?」
“ミス・クイーン”は初めて互助会の集まりに参加したときに、今日と同じく隣の席になったことで知り合った魔女だ。なんでも、王位継承権を3か国分持ってるとかで、ちょくちょくトラブルに巻き込まれている。護衛雇えばいいのに。
“ミス・クイーン”の発言に、てことは私も公爵家相当なの? と首をかしげる。殿下ならともかく。
“姫巫女”は質問のぶしつけさを気にした様子はなく、極東の階級制度をからめておしえてくれる。
「公爵家……それはないと思うの。極東は階級制度が帝かそれ以外っていう感じで、あえて言うならポーラ王国連邦の貴族未満平民以上?」
「そうなんだ、じゃあポーラ王国連邦も未加入?」
「加入はしていないけど協賛はしてたはず。殿下の執務室にそういう資料あったわ」
「よく覚えてるね“ポーラいち有名な”、それ大事な資料じゃないの?」
「私が見れるところに置いておくほうが悪い」
と、運営委員らしい音声の放送が流れる。
「あー、あー、皆様ほどほどにお集まりいただきありがとうございます。それでは間もなくメイン会場開催となります、女子集会をはじめたいと思いまーす」
「今回の運営は皆様ご存じオーバヤシの魔女が務めさせていただきまー。ではステージの方にご注目くださー」
「せ、先輩。ここ読み飛ばしてます」
「いけないいけない。おなかペコペコでハラヘーリ、あなたの頼れるオーバヤシ」
と、私の席の前に置かれた小さいテーブルに、ちょっと落下する位の音を立てて軽食が出現する。今のはオーバヤシが特許を持っている魔術のひとつ、指定の場所に指定の食器とちょっとした食事を移動させるという魔術だ。
当然“ミス・クイーン”のテーブルにも他のヒトのテーブルにも軽食が現れていく。大人数でもひとつの呪文で配膳ができるのはこの魔術の大変優れた点だ。
パパン、と軽い破裂音。わずかな合間大広間全体が暗くなり、運営委員がこっそりと入場してくる。
「改めまして本日ステージ司会は“オーバヤシのトレイン”と!」
「“オーバヤシのブレイン”、そして次のお題目で紹介しますぅ」
「“オーバヤシのクレイン”がお送りします!」




