43 もうひとりの後継者
ミンターの森から逃げ帰ってきたら、実家の辺りは夕焼けの終わりのころだった。
すっかりお昼を食べ損ねたとしょんぼりしたけど、それはお夕飯でリカバリを図るとしよう。
ローグの怪我(?)も確認しないとだし、と考えていると、逃げるためにつかんだローグの腕が熱くなってきた。
「ん? ローグ、大丈夫?」
「……システムエラー、可能な限り速やかにメンテナンスをお願いします。体温調整機能に破損が見られます、強制終了まで15分」
「だめなやつだー!?」
首元から循環液がこぼれながらどんどん熱くなるローグから手を放し、とっさに頭からマジックバッグをかぶせて収納する。
「……よし!」
製造主に相談に行こう。素人のメンテナンスは危険だからね!
マジックバッグは熱くなっていないのを確かめながら、ヘオース学院を目指して空間転移をする。
予定通り着陸したのはヘオース学院の中庭。先生は執務室で仕事中らしく、上階の窓にその姿がある。今日はおじいちゃん姿らしい。
執務室の窓に小石をぶつけて、振り返ったところに手を振る。窓を開けて手招かれたので、地面を蹴って窓からお邪魔する。
「先生どうしよ! ローグ壊れた!」
「あっちのソファで待っていなさい。この山の決裁が終わったら確認しますから」
この、と指されたのは机上にあってなお天井近くまである書類の山。先生はきちんと全体を確認しながら可不可を判断しているので、ちっとも作業が進む様子がない。何なら途中で追加が来ている。
「先生、まだ?」
「出願書類が多いもので」
「まだ?」
「いかなる原石が紛れているかわかりませんからね」
「はやくー」
「……いいでしょう、書類の仕分けを手伝いなさい」
5分も待てなかったので、先生をせかしまくって順序を繰り上げてもらう。正直、老年の先生では紙をめくるのも遅いし。
仕分けだったら簡単、と並び替えの魔術を発動しながら書類を受け取る。
「出願者の書類を出身国別に分けていただいて」
「うん」
「本人か推薦者がクロスランド出身分は焼却炉行の箱に入れてください」
「原石のくだりはどうしたの?!」
「本物の原石は個別に確保します。それに……ちょっと、ね?」
困惑したものの、言われた通りに仕分けをする。処理する書類が3分の2くらいになった。
ちょっとって何をしたんだクロスランド。さすが「すべての恩を仇で返す国」って意味で呼ばれた蔑称を誇らしげに正式な国名にする国。
残りの書類は出願書類とそれ以外に分けて、それ以外をさらに授業料に関する書類と買い物の書類と嘆願書とより狭い範囲のそれ以外に分けて、先生に順序よく渡していく。
「授業料と買い物は全部承認で、サイン省略の箱に入れて隣の部屋に」
「はーい」
「嘆願書は後で確認するのであっちのテーブルに」
「もう置ける場所ないけど」
「あっちにテーブル出していいです、あの辺のはすべて入浴中に見る奴なので」
「はいはい」
そうして手伝うこと1時間。最優先だという出願書類は片付いて、それ以外は別のところに押し付けるなどしてひとまず時間を作ってもらうことができた。と言っても、手元は狭い範囲のそれ以外──主に手紙の類──を確認しているけれど。
「それで、ローグ……でしたか? どういう破損があったのですか」
「昼過ぎにミンターの森に行ってきたんだけど、帰り道で洞人の男の子? お兄さん? に襲撃されて首のところに怪我をしちゃって、体温がどうとかって言って熱々になったのよ」
「はあ。行先はいいとして、であれば破損は体温調整用のあの辺で……液体は漏れていました?」
「タマネギ切ったときの涙位には」
「あの液がかかった辺りの外皮は退色する可能性が高いです。取り替えます?」
「もともと色白だからいいよ。顔から上は問題なさそうだし」
先生は手元の手紙の裏にやることを書きつけて、どっこいしょと言いながら立ち上がる。
「先日、修理他の技術部門を設置したのです。次の修理からはそちらに持ち込んでいただきたいので、あなたにも紹介しておきましょう」
「あれ、技術部門って前にもなかったっけ?」
学院内にあるダンジョン、そこに行く生徒その他向けの装備を作るのも技術部門って名前だったはずだ。私もフェイルノートくんシリーズをバキベキに壊したときなどに駆け込んで、修理できないと断られていたし。
「そうなのです。ですから、外のギルドを見習って武器、防具、衣服など細分化と専用施設の提供をして、それら全体を統括する役職を置きました」
「国作ってる?」
「ご存じありませんでしたか。実はこの学院、ポーラ王国連邦の成立時から加入しているんですよ」
知ってるけどさ。殿下と勉強したときに習ったもん。
すごくすごく昔、ポーラ王国連邦が世界初の「国」そして「連邦」を成立させるにあたり、歴史あるヘオース学院の助力があってこそ国が確立できたから、と特例枠でヘオース学院も加入しているのだとか。
「その癖にギルド見習うの遅くない?」
「……妹の」
「うん?」
先生はなんだか見たことがないくらい、悔しそうな顔で言う。
「妹の整えたものを真似するのは、兄として恥ではありませんか?」
「堂々と真似した方が恥じゃないと思うよ」
妹さんと仲が悪いわけではないだろうし、正直に最初から技術提供とかお願いした方がいいと思うのよね。
そうして雑談をしつつ、学院内を歩いていく。場所は古い校舎だったところで、金属加工のためだろう炉の煙突がほかの建築物をはるかに超えて高く伸びている。
「ヴェスパー! 仕事ですよ!」
炉が稼働しているゆえの騒音に、かき消えないようにと先生は声を張り上げる。奥の方からのそのそと出てきたのは、先生にも負けない美貌の、しかし小汚い洞人だ。
その小汚さといったら、100点満点で評価するなら洞人ってだけで+200された美しさを、似合っていない無精ひげ-50、かぶっているローブも本人も煤汚れがある-50、髪の毛は伸び放題でぼさぼさ-50、びっくりするくらいの猫背-50、と0もに戻しているくらいだ。
「さっき寝たところなんだけど、なんの仕事なんです?」
「紹介します。この汚い男はヴェスパー。私の後継者です。ヴェスパー、こちらは私の弟子の魔女、“ポーラいち有名な”アルヴィです。2人とも挨拶なさい」
「寝たいです」
相手は乗り気でないけれど、私は簡単に挨拶をしておく。律儀なヒトなのか、私の挨拶を見て「どーも、ご紹介にあずかった通りだ。あんたも大変だな」と返事をしてくれた。
「ヴェスパー、ゴーレムの修理です。アルヴィを作業場へ案内なさい」
「あれ、先生はいいの?」
「彼もまた私の弟子で、私が丹精込めて育てたのです。ゴーレム技師としての腕前も、私に劣ることはありませんよ」
じゃあ先生はいなくてもいいか。
先生がさぼりに行かないように、お礼を言うふりをして近づき執務室まで空間転移で飛ばす。遠くからぎゃーすか聞こえるのは、中庭向きの窓を閉めてなかったからだろう。
「あんたもやるな。作業場はこっちだ、ついてきな」
「あんたじゃなくてアルヴィね」
「はいはい」
やる気はなさそうだけど、本当に大丈夫かしら。
編集点:修繕→修理 に変更




