42 ミンターの森に遊びに行こう!
帰り道もマジックバッグに椅子をつけて、ふわふわと座ったまま飛んで帰る。時間はまだ昼前で、なら軽食でも持って出かけるかなと考える。
店番に残してきたローグも連れて行った方がいいかな、と店に戻る。来ていたのはいつぞやの冒険者で、お姉ちゃんの名前を出してローグにつかみかかったところだった。
「あなた、お客さんじゃないなら帰って」
入店時に付与される制約をもとに、いつぞやの冒険者を退店させる。お母さんが仕込んでいた魔術で、店長と店員以外は強制退店させることができるわけだ。
営業表示を閉店に変更して、入口に鍵をかける。外でまた何か言っているけど、知ったことではない。
「ローグ、あれ以外にお客さんって来てた?」
「返答済みの要望書に関して、ヴィドルフと言う村の代表者が来所されました。念のため、当人の物以外は確認してからお渡しする旨回答しています。また、各村の悪筆の方の返答について、ご厚意でお持ち帰りいただきましたので近日中には他の方も来店されると思います」
「ヴィドルフ村……すぐそこの村のことかしら」
あのパーティから追放されてすぐ、薬草やらなんやらを買いに行った先の村にそんな看板が出ていたと思う。いや、真剣に見たわけじゃないから思うだけど。
「ま、いいか。持って帰ったってことは配るのに時間がかかるだろうし、今日はお昼準備したら出かけよっか」
「わかりました。……外の方はどうしましょうか」
「帰るまで放っておけばいいんじゃない? なんの用で来てたのよ」
「なんでも、店長のお姉さま? にご結婚を申し込みにいらしたそうです。炎の魔術にほれぼれしたとかで」
「最低でも騎士爵は持ってないと無理よ? さっき会ってきたけど男爵だそうだから」
ちなみにポーラ王国連邦の爵位はお金で調達できない。私も何とかならないかな、と思って調べたことがあるからね。
それと、基本的に爵位を持っている本人に結婚を申し込むには、同様に貴族でないとならない。殿下の場合は1人で公爵とあといくつかの爵位を持っているので、当然私も何かしらの功績をあげるとかして爵位を取らないとだ。
そんな話をしているうちに、外が静かになったので帰ったのだろう。いったん家に帰ってお昼になりそうなものと交換できそうなものをマジックバッグに放り込み、ローグはローグで外出用の服に着替えてきた。
「で、今日はどちらまで?」
「ミンターの森まで。ローグのことも紹介したいからついてきてね」
「ミンターの森ですね。なんですって?」
「ローグも切り返しが早くなってきたねえ」
ミンターの森はクロスランド西部に広がる森で、ヘオース学院時代に遠足で行ったときから時々素材交換に行っている場所だ。クロスランドにあるだけあって、ダンジョンがそこかしこにある歩きづらい場所だけど。
「国境を越えるのですか? 危険では?」
「いつも素材交換してくれる子から近道教えてもらってるからへいきへいき」
そういいつつ、家を出て施錠を確認し、家の裏手の森の方へ進む。
マジックバッグから取り出したるは、縫物編み物機織りで発生した細かい糸くずの塊。これをへっぴり腰で適当な木に投げながら私は叫ぶ。
「ミンターの森まで!」
糸くずが木にぶつかるなり、空間転移で見るような歪みの輪が現れた。なんでも、洞人がよく使う妖精の小道というのの応用だそうで、これをくぐれば別の場所に出るんだとか。
「通る前に、ローグはお友達とのひそひそ話モードおしまいにしておいてね。あんまりにぎやかにすると目立っちゃうから」
「ええ……ええ……」
心なしかローグが若干弱っている。まあ、そういう日もあるか。
よっこいしょ、と言いながら歪みの輪をくぐる。踏み入れたそこは足首くらいまで浸かる深さの水が広がっていて、振り返ろうと足を動かせばじゃぼじゃぼと水音がする。
「足元濡れるから気を付けてね」
「長靴等は使用しないのですか?」
「ここ来るときくらいしか使わないから持ってないのよ」
ローグが全身こっちに来たのを確認して、火打石で糸くずを燃やして道を閉じる。帰りは別の通り道を作るなり、森を南に抜けてポーラ王国連邦に入ってから飛んで帰るなりすればいいし。
「ローグ、逸れるから手をつなぐわよ。目的地に着くまで黙っててね」
ローグに左手を差し出して手をつなぎ、ぎゅっと握って歩き出す。すっと息を吸えば、ミンターの森らしい湿気った森独特の味を感じられた。
ミンターの森は人食いの森と言われるほど行方不明者の出る森で、もともとはクロスランドの国土ではなかったこともある地域の大半を占めている。具体的な人食いの方向としては、①入口が大変小さいダンジョンに引っかかって行方不明、②そもそも広すぎて迷子になり行方不明、③森に気に入られてしまい帰れなくなって行方不明、そして……。
突然視界が開き、小高い丘のそばに出た。さすがに丘の上は乾いた土が広がっているが、丘の上には用はないので無視して歩いていく。丘の上にいるヒトがこちらを見ているが、あれはそういうものだからと先生が言っていた。
あー、行方不明の理由。最後が④丘の上のヒトに襲撃されて狩られて行方不明。いつ来てもどこからでもこの丘の近くは必ず通るし、そもそも時空がゆがんでいるのではないかと私は疑っている。
「……」
見られている。無視だ、無視。
丘のそばを通り過ぎて、それでもしばらく歩いて、足が痛くなってきたころにやっと目的地である陸地にたどり着く。この辺りはかろうじて水没していない低い土地で、近くの木々はこの土地を覆うように湾曲して空を目指している。
私の部屋2つ分もない狭いこの土地は、私たちの歩いてきた方にゆるやかな弧を向けてだんだんと細るしずく型をしている。いわく、今立っている辺りは玄関口で、中ほどに広がる花畑が市場兼住居なんだとか。
「あ!」
ここに住んでいるのは手のひらに収まるくらい小さい妖精さん。みんな葉っぱで作ったドレスやジャケットを着ていて、綿毛みたいなふわふわの髪は花束くらい色とりどりだ。
妖精さんのうち1人が私たちに気付き、飴細工みたいな羽根で羽ばたいて近づいてくる。何度見てもこぶし2つ分もない小さな体で、ほっぺたが赤ちゃんみたいにふくふくしているのがたまらなくかわいい。
「久しぶりだな、魔女! 後ろのは前に行ってた許嫁か?」
「この子は私の店の店員。ゴーレムよ」
「なんだお仲間かあ。今日も素材を交換に来たんだろ?」
「そうよ。また糸を譲ってもらいたいの。みんなを集めてもらえるかしら」
「いいけど、糸の在庫はあんまりないと思ったぞ。作るにも元気がいるからな」
「いいんじゃないのー?」
妖精さんが他の妖精さんに声をかけて回る間に、ローグを振り返って「どう?」と聞いてみる。
「これは、この小さな土地にこれだけの数が?」
「そうよ。あっちの端の建物に親分が住んでて、遠足で迷子になったときに保護してもらったのよ」
あれは私がヘオース学院の遠足でここに来た時のこと。森に入るなり迷子になってしまい、すわ遭難と思っていたら親分が話しかけてきてくれて、森の外まで案内してもいいけど対価をよこせって言ってきたのよね。
対価って言ってもあんまり物を持ってなかったし、伸びてたし丁度いいやって髪の毛切って渡したのよね。そうしたら「こんなにもらえないぞ?!?!?」と叫びをあげるし、いっぱい集まってきて会議したと思ったらもらいすぎの分を糸にして返してくれて、その糸が縫物によし編み物によし横糸によしといい素材だったから、定期的にこうして交換に来ているわけだ。
「それと、ここでは名前を呼ばないからそのつもりでいてね。交換するものだと思われて取られるから」
「名前を取られるんですか」
「場合によっては存在ごと?」
私が持ってきたものと交換したいけど糸が足りないときとか、名前を取られたヒトが陳列されることがある。おうちに返してあげなさい。
のんびり待っている間に、市場に物が集まってきた。親分なんか、ばらばらにした糸紬ぎのパーツをひとつずつ家から取り出していて、組み立て担当の妖精さんがちょこちょこと組み立て始めている。
「親分、お久しぶり」
「お前はいつも急なんだよ! こちとら隠れ住んでる老人なんだぞ、糸の用意は時間がかかるっつうの」
「ここで入用になりそうなのいろいろ持ってきたからさ」
親分はここで1人だけ背の高い、それでも20センチもない大きさの妖精さんだ。目の落ち窪んだがりがりの身体がぼさぼさの白い髪に覆われたさまは、雪の重さで折れた枯れ木のような印象を受ける。
「食べ物は保存食も含めて私の7日分くらい、薬はいろいろ。最近作ったやつだと砂糖とか用のすりきり瓶なんてのもあるよ」
「食料品はありったけ引き取る。月光のささやきは?」
「勿論あるよ。用法容量は変わらないけど守ってね」
市場に並んでいる物は頼んだ糸もそうだけど、他にも交換に使えそうと思ったものを持ち寄ってくれている。ローグを手招いて適当に見ているよう伝えて、私は親分との話を優先することにした。
足元に小さい絨毯を引いてもらえたので、濡れた靴が付かないように気を付けて絨毯に座る。商品を適当に陳列すれば、ちょっとした店の出来上がりだ。
「月光のささやきはいつも通り1缶1玉と交換でいいわよ」
「他の、ポーションやらなんやらは?」
「あんま作り置きないから素材を渡す感じ。あ、前に言ってた噛みたばこの原料用意してきたよ」
「助かるぜえ、じゃあ噛みたばこはひと揃いで1玉な」
「それなんだけど」
そうだ、糸以外にもいろいろほしい物がある。どうせならここで聞いてみよう。
「ヌンキの革、雷撃石、巨人の骨、あとは極東で捧げられた植物。この辺でもいいわよ」
「ゴーレム作るのか?」
「そ。アウロラ先生からの依頼でね」
「ふーん。極東でっていうのは後日アトリエに届けるでもいいか? 心当たりがある」
「後払いかー、どうしよっかな」
「じゃあ雷撃石も付ける。質と色どっちが重要だ?」
「練習もしたいし、量の方が。20グラムもあればたぶん練習入れても足りる」
「100カラット分かよー……。いいぜ、乗った!」
他にも食料品を糸に交換してもらい、ひとまず3玉確保はできた。学園に通っていた時みたくでっかい布を仕立てる予定はないから、当面はこれで足りると思う。
「帰るよー」
「店長。お待たせしました」
「今度アトリエに荷物届けてくれるって言うから、代わりに受け取っておいて。親分、またね!」
「おう」
ローグと手をつないで、今度は南へ向かって歩く。気持ちローグの手が湿気っているけど、手汗機能もあるのだろうか。
空いた方の手で枝をかき分けながら歩く。と、横から白いコートの洞人が現れた。サファイアでもはめ込んだような青い目は、いつも丘の上から見ている目と同じものに見える。
できるだけ見ないように気を付けながら、相手がどこかに行くのを待つ。待つ。待っ……ってんのって暇だな、進もうかな。
ローグの手を引いて、なるべく早足に歩き出す。ちょっと足が疲れてきた、と歩調を緩めると正面からさっきの洞人が歩いてきた。もっかい無視。なんで追い抜かしたはずのヒトが正面から来るのよ。いっぱいいるの?
森の向こうに明るい草原が見え始めて、ほっとして息を吐く。ローグを振り返って、ローグの首元にナイフを当てている洞人と目が合った。
「クドリャフカのにおいがするなあ……」
ナイフがわずかにローグの表皮を切り、内側の循環液がこぼれる。油臭いそれを指ですくった洞人は、口に含むなりおもいきりむせこんだ。
「ごーれ、ゲホッ、に、ごほっ」
「そーれ!」
ナイフが離れた隙にマジックバッグから煙幕弾をありったけぶちまける。ローグも逃走の意図を察してくれて、全力で明るい方へ走った。
森を抜けた。けれどこちらに向かって森が広がろうとしている。とにかく逃げられれば良いとアトリエまでの空間転移を選び、私たちは逃走に成功したのだった。




